読書感想文#1 『ゴドーを待ちながら』
初投稿です!!!!!
書評をやってみたいと思ってnoteを始めたわけですが、1冊目はどうしたものかと悩みましたね。小説にするか一般書にするか、はたまた絵本なんかでもいいなと思うわけですね。でも、無難に芥川龍之介とかシェイクスピアやっても面白くないですよね。しかも、自分がそこまで深い知識があるわけでもないですし。(病)
読んでくださることを考えて、有名な本ではあるけれどちょっと変わった本として『ゴドーを待ちながら』を紹介したいなと思います。
サミュエル・ベケット作『ゴドーを待ちながら』は1952年に刊行された戯曲であります。
要するに、現代劇の脚本ですね。
田舎道に1本の木。舞台設定はそれだけという大胆な演出が、面白ポイント①ですね。やばすぎる。
しかも浮浪者が2人。エストラゴンとウラジミールが木の下で喋っている。・・・。だけ。(面白ポイント②)
舞台設定と登場人物のシンプルさが、この作品の特異性がありますよね。なんとなく面白い作品というと、奇抜なキャラクターであるとか、ファンタジックな世界観とか考えがちなんですけどね。
逆に、シンプルすぎてどのように話が進んでいくのかに期待してしまいます。
この本を読んでいると、何度も繰り返し使われる会話があるんですけど、
エ「これからどうする?」
ウ「ゴドーを待つのさ」
エ「ああそうか」
このセリフ。病みつきになってしまう・・・。
またきたな!ていうね。笑
しかも毎回「ああそうか」って終わるのが面白い。「エストラゴン君、君に自主性はないのかい?」って問い詰めたくなる。
仏教の経典なんかでもありますよね。このような会話。
「精神ですか?」
「違う。」
「肉体ですか。」
「違う。」
・・・・・・。
みたいな。結局なんだし、、、。みたいな気持ちになる瞬間があります。『ゴドーを待ちながら』でも、仏教経典を読んでいるときの感覚と近いものを感じます。(急な仏教話)
※以下ネタバレ含みます
面白ポイント③は、『ゴドーを待ちながら』という作品にゴドーが登場しない点ですよね。多分、既読の方は『桐島部活やめるってよ』を思い浮かべた人が多いかと思います。(映画めっちゃおすすめ)
登場人物の中心は、上記の通りウラジミールとエストラゴンなんですけど、主人公ということではなさそうなんですよね。多分、無理やり主人公をつけるとすればそれこそゴドーになるんですけど。では、ゴドーとは一体誰でしょうか?
一般的な解釈としてはゴドーはフランス語で「Godot」となります。そのままですよね。
「神」となるわけです。
ウラジミールはゴドーには会ったことが無いと言っています。それなのに、ゴドーに待つように言われるのです。この矛盾を解決するためには、ゴドーを神とするしか無い。
多分、この本を読んだことのある方はみんな一度はそのように考えるのでは無いでしょうか?
私も、この解釈はほとんど完璧に近いものを感じます。
ただ言いたいのは、ゴドーが誰なのかわからない。誰なのかわからないゴドーを待つ男二人。その構図を楽しむべきなのだと思います。
「ゴドーは〇〇かもしれない。」
この穴埋めに自分なりのゴドーを入れてみてください。それが読者の感想になるように思えます。
以上!!
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