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「マクガフィン」を語る

プロフェッショナル・ファームでのキャリアが長くなると、いわゆるパートナー業務(プロジェクトの提案や受注)を務めることになる。私自身は、パートナー業務とはクライアント経営陣に向けて、まだ見ぬ冒険活劇を語り、盛り上げ、共謀する役割だと捉えている(少なくともそう信じて振舞うことで、幾つもプロジェクトをスタートさせることができた)。その際に常に心掛けている、「マクガフィン」を語るということについて記してみたい。

1.「マクガフィン」との出会い

「マクガフィン」という概念は、『定本 ヒッチコック映画術』という一冊から教えてもらった。確か初版で手に入れたので、初めて読んだのは高校生の時になるだろうか、相当に背伸びして購入した記憶がある。”サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックの作劇術を余さず著した書”、ということになるのだろうが、残念ながら今も覚えているのは「マクガフィン」についての個所のみである。

「物語を進ませるための魅惑的な事物」ぐらいがマクガフィンの説明だったと思う。登場人物たちが奪い合う「機密書類」や「爆薬の希少材料」などがそれのことだとされ、私の中では、冒険物語やロードムービーと特に相性良く思われたので、今でも二つはセットで記憶されている。

ところで、”コンサルティング・プロジェクト”というサービスを売ることは簡単ではない。何しろ目に見えない、仕様も定まらない(RFPというのはプロジェクトが「実質、売れた後に」書かれるものだと思っている)。それでいてクライアントには大きな投資を求めることになるからだ。投資に見合う、充分なROIを示すということは当然のことだが、個人的にはROIは必要条件でしかないと考えている。見識と経験に優れた経営幹部に対し、「今、すぐに、コレを始めなければ」と火を点けることができる”充分条件”、それが「マクガフィン」である。

今回のプロジェクトが、何を追い掛け、どんな冒険を繰り広げ、最後にどんなものを手に入れるのか、情景を浮かび上がらせ、世界に誘い、のみならず経営幹部自身の扮する役柄まで描き上げることができれば、プロジェクトはスタートしたも同然である。その語りの中心に据えられるのが、筋の良い「マクガフィン」ということになる。

2. 筋の良い「マクガフィン」

私は、この”筋の良いマクガフィン”に3つの要件を定めている。「まだ存在しない」「事業の切り札」「現状況に地続き」という3つである。順に説明する。

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1つ目の「まだ存在しない」は当たり前と聞こえるかもしれない。しかし、企業組織の多くにとって、「今あるものを磨くこと」から離れるのは容易なことではない。”改善”や”愚直”という響きは、特に伝統的大企業には魅惑的であり、訣別し難いものがある。私自身も、改善や愚直によって育てられた者であり、これらが手段として優れていることを、もちろん否定しない。しかし目的の場合は、組織内に「まだ存在しないもの」を置くべきなのだ。ここにこそ、外部から異なる文脈を持つものとして招聘されたコンサルタントの眼力が活かされなければならない。

次の「事業の切り札」とは、マクガフィンが、対象組織の現場プロセスに紐づいているかを問うている。概念論や他組織事例の紹介では、企業組織は真に成果と成功を手に出来ないと確信している。組織特有の現場課題を掴んだ上で、オペレーションを革新する肝の部分に繋がるマクガフィンを描けなければ、空論である。

最後に「現状況に地続き」であること。経営幹部は「良い提案、有効な提案」であれば、いつでも常に受け入れて、変革をスタートする訳ではけしてない。注力の順位付け(つまり資源配分)こそは経営者の日常業務であるし、外部環境の変化も読むし、組織内部の事情も(人に拠るが)勘案する。無論、コンサルティング・ファームとの付き合いの成熟度も影響する。それらを読み切って、ここぞというタイミングで語られたマクガフィンには、誰も抗いがたい。どころか寧ろ、熱狂と共に受け入れられ、応援を得るものである(これは勿論、プロジェクトの成功確度、創出効果の最大化にもつながる)。提案するパートナーは、内外の環境を常時入手していなければならないし、能動的に経営各幹部に働き掛けて、変革テーマを語るべき機運も醸成しなければならない。

3.「マクガフィン」、その具体例

実際に経営陣をして変革にのめり込ませ、事業に成功をもたらしたマクガフィンの実例を(ここに書ける範囲の詳しさで)幾つか挙げてみる。

ヘルスケア領域に属する某企業に於いては、「グループ内に”病院の医者”を作る」というマクガフィンが熱狂を産んだ。既存事業単独の競争力では優位性が見られなかったこと、近々に予定されていた診療報酬改定が顧客である病院の経営を極めて重篤な状態に至らせそうであったこと等が、設定の背景であった。本件、そもそもは漠然と「業績の改善」で相談された話であったが、マクガフィンを語り示してからは、組織の熱中度合いとスピード感が大きく高まったと感じる。

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特殊な領域の物流を担う某グループとの取組みは、シンプルに「トップライン向上」で始まった。ターゲティング・ロジックの見直しに営業マネジメントの強化と組織能力強化の定石から進めていたが、競合との成長速度の差異を埋めるために、改めて「この取り組みを”M&Aの旗印”として掲げる」というマクガフィンを語ることにした。オーガニックではなく業界中小プレイヤーを統合して成長する戦略に切り替え、この体系的な営業マネジメントを業界中小プレイヤーを参集させるための(資金力以外の)決定打にするという断言は納得感をもって迎えられた。半年の予定であったプロジェクトは”大きなゲーム”として定義し直され、結局3年に渡る中期経営計画そのものに変わっていった。

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国内成熟市場で生き残りを戦う某企業と行ったプロジェクトは、痛みを伴う施策も織り交ぜながら、ジリジリと漸進させていく厳しいものであった。経営陣と幹部層が諦めることなく、比較的明るさを保って進めることが出来たのは、「このプロジェクトの終わり迄に”Next Cabinet”を育て上げる」というマクガフィンがあったからだと思っている。プロジェクト推進体制の到る個所に、次代の経営者候補、次なる幹部候補を配置し、定量目標達成を求めながら、能力や視座の成長具合を経営陣と共に食い入るようにして追い掛けていった。

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4. プロジェクトと「マクガフィン」

プロジェクト(Project)という言葉の語源はラテン語に求められ、「未来に向かって放り投げること」と若手の頃に教わった。しかし、判らなかったのは、「では、”何を”放り投げるのか?」ということだ。その正体こそが「マクガフィン」だった、と言えるだろう。実体は無く、少し謎めいていて、それでいて大の大人を惹き付け、駆り立てる概念。この設定がハマったとき、数カ月から数年に及ぶプロジェクトは、さながら冒険活劇となり、経営陣とコンサルタントは、劇の展開に共に一喜一憂する、さながらロードムービーに登場するバディ(相棒)のような関係になる。

以上の様に書き出して振返ってみると、やはりマクガフィンこそが、経営とコンサルティングの幅を拡げてくれる中心概念だと改めて思う。同時に、「熱狂を作り出す」商売に、長く携われていること、人生を懸けられていることを、改めて幸運だとも思う。

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