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【昭和的家族】横浜中華街

だいぶ前の事だ。埼玉にある実家から一番近いJRの駅に、湘南ラインという列車が通るようになった。知らずに駅で初めてその列車を見かけた私は、行先が熱海だ小田原だとなっていて、驚いた。どちらの駅も自分の中では東京駅から新幹線に乗って行く場所のイメージがあったからだ。”時間が掛かるとしても、直通で行けるなんて面白そう”と、その時私は思った。

その頃の私は東京でフルタイムで働いていて、年内に振り当てられる有休を計画的に使う為、月1度くらい平日休みを取得していた。そんな休みの日は、大抵いつも行くスポーツジムで軽い運動をして、ジムの近くでランチして日用品の買い物をするとほぼ終わってしまう。私は思い付きで、実家に用事がある週末開けの月曜に休みを取り3連休にして、熱海にひとりで一泊旅行に行ってみた。1日目の土曜夕方に実家に行き泊り、2日目の日曜お昼過ぎに実家を出て鈍行列車に乗り熱海に移動し、熱海駅近くでお弁当等を買う。その後事前予約した温泉があるビジネスホテルに一泊素泊まりし、散々好きなだけ温泉と部屋を行き来きする。3日目月曜午前に熱海駅前でお土産を買い東京にまた鈍行で戻る。結構気楽で楽しかったので、その後何年かの間、私は近所の図書館で借りた2、3冊の本を道連れに、実家に週末行ったついでに熱海に時々ひとりで旅行に行っていた。

ある日、私はふと熱海が父母の新婚旅行の行先だった事を思い出した。そしてもしも両親揃って久しぶりに熱海旅行ができたら、懐かしくて喜ぶのではと思った。ついては、いつも自分で素泊まりするビジネスホテルとは別に、熱海駅近くに高齢の両親でも楽しめそうな旅館かホテルが無いか探してみた。するとインターネットの予約サイトでひとつ魅力的に思えるプランがあった。それは、ある観光ホテルの宿泊プランで父が好きな花火大会が見える席での夕食が付いている(熱海では、今もそうかは分からないけど、その頃は頻繁に短い時間の花火大会をしている様子だった)そのホテルは駅からは少し離れているけど、送迎の車も頼めた。値段も思っていたより高くなかった。行き帰りにいつも私が使う鈍行列車を使うのであれば、グリーン車であっても新幹線で行くよりは電車代すら大幅に節約できる。私はもしも両親が乗り気になったら、たまには父母一緒の招待旅行をするのも良いのかもと、自分の中では大変気持ちが盛り上がった。

キャンセルができる日にちがまだ随分先である事を確認し、私は父母と私の3人分、その旅行プランを予約した。プラン内容をカラーでプリントアウトし、父母が見やすいようにコピー機で少し拡大した紙を実家に持って行き、父に見せて説明した。
「お父さん、こんな旅行プランを見つけたの。熱海は今は家の近くの駅から乗り換え無しで一本で行けるんだよ。熱海の駅からホテルまでは送迎バスもあるし、花火大会の時に合わせて1泊したら花火を見ながら夕食も楽しめるんだって。もし良かったらいつも色々ご馳走になっているから、お母さんの分も合わせて私が支払いさせてもらうけど、一緒に行きますか?」

父は、私が渡した旅行プランの紙を見つめ暫く黙り込んだ。そして言った。
「この列車にはどのくらいの時間乗るのかな?」
「えぇと、(と、携帯で検索し)あ、2時間ちょっと位」と私は答えた。
「そうか、それはだいぶ長いな。最近腰が痛くて、あまり長い間電車に乗るのは辛いんだ。この紙を良く見て少し考えてみてもいいかな。ありがとな」
と父は言った。
私は、父が直ぐに喜ぶかなと思っていたのに、予想と違う反応だった事に少々がっかりしながらも、確かに改めて列車に乗る時間を考えると、そう言われてももっともだなと、思った。

次の朝、すっかり両親との旅行を諦めるつもりでいた私に、父はこんな風に居間で話しかけた。
「昨日は悪かったな。あれから一晩考えたんだけど、せっかく連れていってもらうんだったら代わりに横浜中華街はどうかな?」
私は父の代替案に混乱した。この頃の父母はそんなに長い距離を歩けるとはとても思えない身体の状況だったからだ。”横浜中華街にもしも1泊したとして、街中の観光は相当歩かないできないのでは???”と疑問が頭に浮かんでぐるぐる回っている。
「そうか、分かりました。では、熱海の旅行はキャンセルして、お父さんとお母さんを横浜中華街に観光に連れていけるのかどうか、もう一度調べてみるね」と私。
「悪いな。無理じゃなくていいぞ」と父。

その時は確か夏の初めで、続くその年の夏はとても暑かった。この暑い夏の間に高齢の父母をどうやったら無事に横浜中華街に観光に連れて行けるのか…私は色々と調べて見たのだけど、結局良い案は浮かばなかった。そのうち夏は終わり秋が過ぎて冬となった。そして父の希望に応える横浜中華街への旅が実現できないうちに、父は実家で大ケガをし、それから私は両親と一緒に”旅行”に出かける事は出来なかった。


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