見出し画像

【昭和的家族】目のキラキラしたフクロウ

私の父について、私は色々な方から「お父さん、器用だったよね」と言われる。父が色々な事を見様見真似で習得していたからかと思う。ある時何かに興味を持つと、父は自分で満足できる成果が出るまで自己鍛錬を重ね、激しく集中していく。しばしば食事の時間や寝る時間になっても作業を止めず、何度も何度も声を掛けに行く必要がある位だった。そんな父が何かを作った時、その作品は見栄えで言うと大抵はキレイだったり完璧でなかった事が多かったけれども、父の気合と集中力の高さからくる底知れぬ力強さが何らかの形で作品に表れているように、私には思えた。

そして父の興味は幅広かった。書道は小さい頃から得意だった様子だけれども、更に成人になった後に長い間通信教育を受けながら練習を重ね、師範の資格も持っていた。その他にも野菜や庭の植木、盆栽等の手入れはプロ級だったと思う。工作や大工仕事も大好きで、いつだったかとても大きな神棚を連日真夜中まで根を詰めて作っていた時期があった。神棚以外でも何かしら工作作業に集中していた父が、自分で作った家の裏側にある作業小屋で、真っ暗な中、小さな手元電気を付けて長い間作業に集中する後ろ姿を私は頻繁に見かけたものだ。そんな父はよく、”職人”と呼ばれる方々と打ち解けて長い間話し込み、仲良くなる中で沢山の事を教えてもらってもいたようだった。他にも運動もひと通りできたし、釣りやゴルフ、麻雀なども仕事の付き合いの為に一時期だいぶ練習して習得していたようだった。

私は個人的には特に、父が作る木彫りの作品が好きだった。洗練されていない素朴な作品だけれどその素朴さが良い味わいに感じた。但し、集中力が続いている時と、切れた時の父の作品の仕上がりにはかなり大きな差があった。そして、父は折角の作品がほぼ完成しそうなタイミングで、時折急に奇抜なアイデアを思いつき、作品に謎な加工をしたりしていたので、時に”何故この仕上がりになったのか”と、見る人を悩ますようなものもあった。

私が一番印象に残っている父の、見る人を悩ます代表作品は『目のキラキラしたフクロウ』である。つがいと思われるフクロウは、ひとつ(一羽?)は多分写真か何かを基に、割と緻密にデザインして彫られている感じなのだが、もうひとつは、”もしやもう作るのに飽きてしまったんですか?”というくらい雑なタッチで彫られている。そしてそれ以上に多分この作品の一番の特徴は、ポイントとして父が工夫したであろう、そのつがいのフクロウ達のお揃いのキラキラした目だ。

私は初めてこの作品を見た時、父に聞いた。
「お父さん、この目は、いったいどこで手に入れたの?」
父は答えた。
「これはね、100円ショップだよ。何か使えそうなのが無いかなと探していたら、このキラキラしたボタンを見つけたんだ」と得意そうだった。
”彫刻に100均ボタン、そう言うのも有りなんだ”と私は思った。

このつがいのフクロウ達はだいぶ長い間、不思議な違和感を私に与え続けていたのだけれど、長い間見ている内に段々と見慣れてきてしまって、そして何時しかこれこそ父らしい作品のひとつなのかなと、私は思うようになっていた。

その結果、最近実家の荷物を沢山整理した中でもこのつがいのフクロウ達は整理されず、今では家の小さくした新しい仏壇の横に飾られている。いつの間にか母にも馴染んでいるらしく、私が知らないうちに大きい方が『つぐみちゃん』、小さい方が『つぐみっ子ちゃん』と母に命名されていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?