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【昭和的家族】天ぷらの出前追加

実家では、後年ご馳走と言うと出前を取ることが多くなっていった。良く頼むお店は数件あって、だいたいのメニューは私達の頭に入っていた。出前を頼む切っ掛けは、誰かの誕生日やお客さまがいらした時等が多かったけど、時たま、特に理由があるわけではなく、ちょっとしたお楽しみのご褒美のように家族だけの食事のために出前を取ることもあった。

ある時、私が実家で夕ご飯に出前を取る事を提案した。両親は直ぐに賛成し、いくつかの候補の中から良く頼んでいたお蕎麦屋さんにお願いしようという話になった。このお店は、うどんもお蕎麦もご飯ものもあって、量がとても多い。天ぷらの盛り合わせもカラッと揚がっているうえに野菜もエビも大きくて食べ応えがあり種類も多く我が家ではとても人気があった。特にエビは大きさだけでなく、甘くて柔らかくプリっとした歯ごたえもある触感でとても美味しかった。

家の居間のキャビネットにおいてあるそのお蕎麦屋さんの写真入りのメニュー表を私は取り出し、父母に何を頼みたいかをそのメニュー表を見てもらいながら確認した。結果、母と私は大きくてぷっくりとしたエビが2本は入っている天丼を頼み、父はざる蕎麦にかつ丼がついているセットを選んだ。
「何か追加しておくものはない?」と私は念のために何度か父母に聞き、特に追加が無い事を確認してからお店に電話を入れて注文をした。

そのお店は、配達がとても速い。その日も私が電話をしてから20分するかしないかの時間でお店の方が温かい出来たての料理を実家の玄関まで届けてくれた。私達はお店のお皿をこぼさないように気を付けてゆっくりと料理を台所に運び、食事を始めた。その日は特に食事中に話し合いをする必要があるような緊急な話題も無く、自分の前に置かれた料理の品に集中し静かに私達は各々食事を始めた。

すると、なんとなく母と自分が食べている天丼を父がじっと目で追っているような気配を私は感じた。
「お父さん、もしかして天丼が食べたかった?」と私が聞いた。
「それならきっと食べきれないから私のを少し分けましょうか?多すぎるくらいだし」と母が言った。
「いや、いいんだ」と父は答え、一瞬自分で頼んだざる蕎麦とかつ丼に向き合うように見えた。しかし次に食卓の父の席を見た時には父の姿は消えていた。”あれ?”と思った瞬間に、父が居間にある固定電話からどこかに電話を架けている音がした。どうやら今さっき配達をしてくれたお蕎麦やさんのようだ。
「先ほど配達してもらったんばかりで悪いんだけど、追加でエビ天が入った天ぷらの盛り合わせを1つ持って来てくれるかな」と父の声が聞こえ、私と母は目を見合わせた。

電話を切り、父は直ぐに自分の席に戻って来て、何事もなかったように自分のざる蕎麦とかつ丼のセットを食べ出し、その後、また20分もしないで再度配達に来てくださった同じお蕎麦やさんの方から天ぷらが届くと、ひとりで玄関で受け取り、何事もなかったように自分の席に戻ると、届いたばかりの追加の天ぷらの山から揚げたてのエビ天をつまみ、とても美味しそうに無言で、そのエビ天を満足そうに食べきった。

母と私は、夕食後父がいない時に二人で出前してもらったお蕎麦屋さんのお皿を片付けながら「お父さん、私達の天丼見たら、急にエビ天食べたくなっちゃったんだねー」、「よっぽど食べたかったんだね」と声を出して笑った。


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