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【蓼、パンを食う】 Chapter 1

※本作品は【逆噴射小説大賞2019】応募作品に加筆したものです。












台所から聞こえるカサカサとした音で目を覚ました。

幾分飲みすぎたか、だがたしかに音がする。

仁志は足音を消して、恐る恐る台所へ向かう。

台所に着き、ひと呼吸おいて、声を出す


「だれか、いるのか」












数秒の沈黙の後、落ち着いた声がした


「いるよ」


壁のスイッチを上げ、明かりをつける。誰もいない


「だれだ!どこだ!」


「蓼だ。ここにいる」


テーブルの上には一株の植物があった。

その傍ら、朝食にと買っておいたクリームパンが散らかっている

「なにをしている」

「見ての通りさ、パンをくってる」

「は?」

「パンを、食ってる。」

「パンを?食ってる?」

たしかにその植物のまわりの様子は、この植物がパンを食べていたと理解できるものだった。だがクリームパンの中のクリームは意図してか、ほぼこぼれ落ちている。

「昨日の夜、店で鮎食ったろ。蓼食う虫もすきずき、そんなこと言ったろ。ムシャクシャしてね、仕返しがてらこうやってお前のパンを食ってやってる、そんなところさ」

「待て、よくわからない、どういうことだ」

「申し訳ないが、昨日の夜の会話を聞かせてもらったよ。いい感性をしてる。それでだ、おりいって話がある。そのために来た」

「ほんとによくわからない。一体なんの話をしてるのか。」

「そのうちわかる。今は分からなくていい。これを見てくれ」

自身を蓼と呼ぶその植物は、自身の葉をうまく使って、ゆっくり地図を開いた

「これは?」

「地図さ、見ての通り」

「意味がわからない」

「今は、それでいい。これは長良川の地図だ。わかるか、長良川だ。ここを見てほしい。この丸で囲ってあるこの場所。ここに私と一緒に行ってほしい。できれば今週のうちにだ。」

「待て、理解ができない」

「聞け、他でもないあんたにだ、あんたにお願いしてる。これはあんたにしかできないことなんだ。酔っぱらった先の幻覚じゃない。リアルな話、そう、あんたの話なんだ。」

「なぜ、俺なんだ」

「あんたの物語、あんたの人生だからさ!昨日の夜、鮎を食ったあの時点で始まり、そして、あんたが最後までケリをつける話なんだ。」

「俺の、物語?」

「そうだ、我々は、この丸で囲まれた場所で、歴史を塗り替える程のある実験を行う!!」

「実験?何の実験を?」

「まあ、落ち着け、そこの椅子に座れ、それからだ」


蓼、テーブルにある一株の蓼。

たしかにこの蓼から声が聞こえている。


仁志は冷蔵庫から烏龍茶をだしてコップに注いだ。


「おい、自分だけ冷たい茶を飲むのか?」

「なんだ、お茶、飲むのか?」

「茶は飲まない、だが水は必要だ。悪いがコップに新鮮な水をはって、その中に浸してくれないか?実は乾いた部分がちょっと傷んできてるんだ。」

「いいよ、水でいいんだな?」

「そうだ、水だ。できたらガラスのコップがいい」

ものの数分で、ガラスのコップに活けられた蓼はいくぶんか元気になったように見えた。

仁志はなぜかそれに安心し、話を切りだす。

「で、話の続きを聞かせてほしい」

「ああ、話の途中だったな。水分を失ってきてて少し朦朧としてたよ。新鮮なお水をありがとう。ガラスのコップもちょうどいいサイズだ。やっぱりいい感性をしてるよ。で、話だな、どこまで話した?」

仁志はさきほどの地図の丸で囲まれた部分を指差して話を促す。

「そうだ、その場所だ。今週末の日曜日の午後1時ごろ、ある集会がその場所、店の名前は "鮎料理 長島"。そこでこの日、料理の中に長良川の鮎が供されることになってる。人数にして約50人分だときいている。」

「鮎料理屋で鮎が供される。そりゃそうだろうな。でもそれになんの問題がある?鮎がかわいそうだとかそんな話か?」

「焦るな。聞けよ。こんな話を聞いたことないか?例えばイカを食べて育った畜養マグロにはイカで作ったイシルを醤油に少し混ぜて食べると旨いとか、牧草牛のステーキの付け合わせは新鮮な青い葉野菜が合うとか、そんな話だ」

「似たようなことは聞いたことがあるよ。ご飯炊くのはそのコメの産地の水がいいとかだろ?で、それが長島の鮎とどう関係がある?」

「この丸で囲った地域はな、実は蓼がたくさん自生している地域なんだ。蓼にもたくさんの虫が住んでいて、当然その虫たちは蓼を食べて生きてるんだ。で、そいつらが水に落ちたら、それを鮎が食べる。ここまではわかるか?」

「ああ、わかる」

「蓼を食べて育った虫を食料に生きてきた鮎さ、蓼酢に抜群に合うって評判だ。それを売り物にした長島は、地域客、観光客問わず繁盛してる。店の名物ってもんだな。」

「話がよめない。なにが問題なんだ?」

「気に食わない」

「は?」

「気に食わないっていってるんだよ!!」

急に蓼が声を張りあげたので、仁志は驚きウーロン茶を少しこぼしてしまった。

「気に食わないのさ!蓼食う虫もスキズキだのなんだのいいながら、それを食ってる鮎をありがたがるその矛盾と白白しさがさ!!ふざけるな!!蓼主体の話になればこき下ろし、鮎主体の話になれば手放しに絶賛する、なんと、なんと愚かな……。」

そう語り終えると、蓼の葉が少し元気を失っていくように見えた。しんなりとして見えるその姿は仁志の心に訴えかけるものがあった。異常な話ではあるが、今、目の前で蓼が苦しみもがいている。蓼なりの言葉で、俺に訴えかけている。そう思うと、仁志はこの一株の蓼をなんとかしてやりたい気持ちになった。

「なあ、俺に何ができる?」

蓼の葉がわずかに揺れる。

「力を貸してくれる…のか?」

仁志はゆっくりと頷いた。どこが蓼の正面に値するのかはわからないが、まっすぐと蓼を見つめる。

「今週末までに、一緒にその場所に行ってくれ。今日は水曜日だ、どうだ、行けるか?」

「もちろんだ」

「ありがとう。具体的に日程を決めよう」

「そうだな、とにかく今日は会社に行かせてくれ。明日から木、金と有給をもらうように届けをだしてくる」

「そんなすぐに取れるもんなのか?」

「実はな、もうすぐ今の会社を辞めるんだ。仕事は全部引き継いであるから、あとは好きな時に有給を消化していかなきゃならない。昨夜の川魚料理屋はそんなことで昔から世話になってた取引先の恩人との会だったんだ」

「知ってる」

「は?」

「知ってるよ、そんな話をしてたのを聞いたからね。お気づきかと思うが、昨日の川魚料理屋にいたんだ。あ、その話はしたか。数日前にうっかり収穫されてしまってね、どうしようかと思ってたところにあんたが来た。しかも感性がある。それであんたが帰る間際に最後の力を振り絞ってカバンに引っかかってここまできた。だいぶ酔ってたからタクシーに乗ってくれたのも幸いした。電車だったら途中で落ちてアウトだったかもしれない。間一髪で活路を見出したってところさ」

「そうだったのか。」

「幸運だった。気に食わない会話は確かにあったが、感謝してる。それにパンまで買って帰ったのもよかった。だいぶお腹が空いてたからな。クリームを汚く残してしまってすまない。一口食べてみたけれどあまり合わなそうだったんだ。」



翌日会社に有給の届けを出して、仁志は早めに家へ帰った。蓼の水を変えてやらなきゃいけない。なんだかおかしな話ではあったが、途中コンビニで蓼の夕食用のカニパンを買い、移動に必要であろうペットボトルの水、それも普通の水の倍近くするような値段のものを買った。翌朝は早く家を出るつもりでいた。朝食は新幹線の中で摂ろう。そう考えた。


家では蓼は快適そうにグラスの中で過ごしていた。与えたカニパンを黙々と食べ、パンの中にクリームが入ってないことに驚いていた。パンにはいろいろな種類があって、クリームの入ってるものも入っていないものも、ジャムの入ったものもあるという話をした。

「ジャム?ジャムってあれか、あの赤いベロっとしたものか?」

「そうだ、それがジャムだ。でもジャムにもいろんなジャムがある。赤いものから黄色いもの、紫色のものもある。全部使われている果物が違うんだ。」

「赤いジャムはなんの果物を?」

「赤いジャムはだいたいはイチゴだよ。」

「そうか、あのジャムはイチゴだったのか。」

「蓼、そうだ名前が必要だな。蓼っていうのも変だ。」

「蓼でいいよ。私は実際に蓼だ。」

「そうか、じゃあ蓼、イチゴジャムを見たことがあるのか?」

「ああ、毎日見てたよ。」

「毎日だって?ということは川沿いに生えてたってわけじゃないのか?」

「そうだ。研究所にいた。そこの博士が毎朝パンにそのイチゴジャムを塗って食べてたんだ。そのパンがこんなにおいしいものだとは思わなかったな。」

「博士?」

「そうだよ。明日一緒に会いに行く人だ。」






【続く】











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