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ネットキャッシュはどのような局面で注目されるか 株式投資家・おせちーず

BMRさんで「おせちーずがあまり参照しない株式投資に関する指標」という記事を書かせていただきました。

では、参照する指標は何?と聞かれそうです。

この記事では、局面によっては投資家が着目する傾向がある指標として「ネットキャッシュ」を紹介します。耳慣れないかもしれませんね。しかし、プロは局面によってはこの指標を使います。

筆者が着目する指標よりも、プロの投資家の視点の方が役に立つかもしれないし、知る機会が少ないのではないかと考えたので、「ネットキャッシュ」に触れることにしました。

おせちーず氏 プロフィール

投資歴約32年の女性株式投資家。新卒でシステムエンジニアとして従事し、その後証券アナリスト、シンクタンク研究員を経て、現在大学講師。『個別株でインデックス以下のローリスク・ローリターン』を追求した株式投資を行っている。
Twitter:https://twitter.com/osechies
ブログ:https://ssizehappy.exblog.jp/
メルマガ:https://www.mag2.com/m/0001697420

「ネットキャッシュ」とは

企業の手元流動性から有利子負債を差し引いた金額で、キャッシュリッチの度合いを示す指標です。プラスであれば事実上、無借金企業ということになります。

「手元流動性」は定義が様々ですが、筆者が証券アナリスト時代は「すぐに現金化できる」という意味で、バランスシートの流動資産に計上されている現預金と有価証券を足した金額を使うことが多かったです。

それを現預金だけで判定する場合もあります。この辺りはこの指標を使う人の好みが現れるところでしょう。

出典:信越化学工業 2024年3月期決算短信

「有利子負債」はバランスシートの負債の部に掲載されている、借入金、社債などの合計です。

こちらの例に示した信越化学工業の場合、有利子負債が非常に少ないですが、企業によっては多額の社債を発行していたりもします。

負債はいずれ返済しなければいけません。返済するときには手元のキャッシュを使うか、新たに調達する必要があります。

ですから、有利子負債はすぐに自由になるお金である現預金等から差し引くのです。

出典:信越化学工業 2024年3月期決算短信

ネットキャッシュが多ければ、安全性の高い流動性資産の保有率が高く、財務上の安心材料が多いことを示します。

一方、あまりにもネットキャッシュが多いと、事業への投資や投資家への還元が少なく現金をうまく使えていないとも言えます。

ネットキャッシュは、業種によって水準が大きく違います。

例えば、鉄道会社はコンスタントな運賃収入を背景に、有利子負債が少なくありません。こちらに示したのは私鉄の東急電鉄のバランスシートです。借入金と社債で約1兆2,000億円の残高があります。

鉄道会社は、お金を貸す側が、「運賃収入がコンスタントに入ってくるんだから、資金繰りに問題なくきちんと返済してくれるよね」と考える傾向がある業種です。

このような業種であれば、有利子負債が常に多い水準になりますから、ネットキャッシュは他業種より少なくなります。

出典:東急 2024年3月期決算短信

ですから、同業他社比較をして、相対的な水準を比較して使うことが多い指標です。

「ネットキャッシュ」は絶対値

「ネットキャッシュ」そのものは金額の絶対値です。大型株と中小型株では当然その絶対値が異なります。ですから、大型株と中小型株のネットキャッシュを比較すると、公平な比較になりづらいです。

この絶対値の違いを均すために使われることがあるのが「ネットキャッシュ倍率」です。

時価総額をネットキャッシュで割って算出します。

この倍率が低い企業は、ネットキャッシュが相対的に多いことになりますので、手元の現金が経営に有効活用されていないことが多いと判断される傾向があります。

さらには、M&Aされやすい対象でもあります。買収側にとって、買収対象がふんだんな現預金を持っているならば、買収後は現預金を手に入れられるので、事実上買収費用が低くなるからです。

また、ネットキャッシュを総資産で割った割合で比較することもあります。

「ネットキャッシュ」が注目される局面

「ネットキャッシュ」が投資家から注目される局面がいくつかあります。

一つは、景気の低迷期や金融危機時です。

このような局面では、通常より資金調達に難が生じがちなため、事業継続が可能かを判断するために手元の流動性を確認する投資家が多いからです。

このような場合は、ネットキャッシュが多い方が高く評価されがちです。

リーマンショックからしばらく長く続いた景気低迷局面では、機関投資家からよくスクリーニング依頼をいただきました。企業のサバイバルの判定と言ったところでしょうか。

会社の存命は最後は資金繰りにかかっています。「お金」があるかどうかは無視できない要素です。

もう一つは「株主還元余力の判定」です。

近年はこちらの需要のほうがひょっとしたら多いかもしれません。

2023年に東証が上場企業に対してPBR1倍割れ解消呼びかけ(と私は呼んでいる)をして以来、その対応策として増配や自社株買いを実施して、株価上昇につなげようとする企業が相次いでいます。

増配も自社株買いも決済は現金です。

ですから、ネットキャッシュが多い企業のほうが株主還元余力が高そうと判断されるのです。

PBRが低い銘柄で、ネットキャッシュが多い企業は東証の要請に応えるべく、何か新たな株主還元を実施するかもしれません。

三つ目はまれですが、金利が上昇する局面でも注目されることがあります。

保有する現預金が多ければ金利上昇の恩恵を受けると考えられるからです。

変化も大事

ネットキャッシュに関しては、絶対値の大きさだけではなくその変化も大事だと思います。

同一企業について、数期分のデータを用いて変化を追ってみてほしいです。

その場合、まずはネットキャッシュの絶対値の変化を把握してください。

極端に増えているとか減っているような会計年度については、当該企業の財務活動を調べてほしいです。

「増資」(現預金を増やす活動)、社債発行(現預金を増やすが、ネットキャッシュには原則ニュートラルな活動)、M&Aや工場新設などの設備投資(現預金を減らす活動)、大規模な自社株買いや増配(現預金を減らす活動)など、大きな額の現預金が動く活動があったかなかったかを調べ、合点がいくことを探すのです。

キャッシュフロー計算書を数期分眺めてみるとヒントになるでしょう。

設備投資は投資キャッシュフローの「固定資産の取得」に載ることが多いです。増資や社債発行、株主還元は財務キャッシュフローに載ります。

出典:東急 2024年3月期決算短信

個人投資家とネットキャッシュ

ネットキャッシュはそのものずばりの数字をなかなか見かけません。

知りたければ、バランスシートを見ながら自分で計算しなければいけないことが多いです。しかし、この手間は個人投資家でもバランスシートを見慣れるようになるといういいおまけがついてきます。

少しアドバンストな投資家を目指す方、ぜひトライしてください。

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