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すん、と鼻をすする音が聞こえた気がした――「天使は奇跡を希う」044

 ぼくは、星月さんが近くにいないことに気づき、姿を探す。


 いた。

 ちょっと奥のところで、タオルができていくさまをぼうっとみつめていた。

 機械の動作を見張っている作業員さんの前を通り、そばへ行く。

「どうした」

「あ、うん……」

 彼女にしては珍しくあいまいな反応をした。

 そのまなざしは、編まれていくタオルから動かない。

「こういうふうに作られてるんだなって」

「なんかすごいよな」

「うん」

「感触、すげえいいんだぜ」

 彼女が振り向いてくる。

「さわってみた?」

 首を横に振る。

 ぼくはタオルに指の腹を置き、右に撫でた。

「さわってみ」

 彼女は小さくうなずき、ぼくと同じように指を置いた。

「すごくないか? さらさらでふわふわで。やっぱ今治タオルって有名なだけあるな。クオリティ高いよ」

 すん――と鼻をすする音が、機械のざわめきに混じって聞こえた気がした。

 小さく動いた彼女の横顔は、なぜか泣く手前の湿度に映った。

 ぼくは疑問に思うよりも先に―――


 その横顔が。

 ひたいから鼻筋、うすい唇から細いあごの線が。

 潤んだ瞳の艶やかな黒さと光が。

 突然、とても美しいものに感じた。

 彼女はぼくの視線に気づいて、笑みをひとつこぼし、

「……あっ、やわらかい……っ」

 成美の真似をした健吾の真似をした。

 何かをごまかそうとしていることはわかったけど、こういうときにおどける機転のあり方が、ぼくの胸に風のように迫った。

「あっちでも成美の真似してるぞ」

「違うから」

 健吾と成美が言いつつ合流し、ぼくたちはまた四人で工場の見学を続けた。

 星月さんはぼくたち三人の中にしっくり馴染んで、前からそうだったんじゃないかってくらい自然で居心地のいい関係ができあがっていた。


七月隆文・著/前康輔・写真 

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