見出し画像

「ねえ、いいかもしれない」――「天使は奇跡を希う」039

 それからぼくは、健吾にもこれまでの事情を説明した。

「――で、しまなみ海道に行ったのか」

「ああ」

 ぼくが健吾に答えると、

「すごかったですよ!」

 星月さんがすっと加わった。

 入り方がうまい。積極的なコミュ力。

「橋が大きくて目まいがしそうで! 海が広がってて、島が神秘的で、そこの家とか含めて昔話

的っていうか、神様いそうだなって! あと展望台やばかった!」

「糸山公園?」

「亀老山(きろうさん)の方です」

「あ、そこまで行ったんだ」

「はい! でも途中軽く道に迷って、とりあえず行ったら高速の料金所みたいなところがあって

……」

 職員に怒られてタクシーに乗ったくだりまでをテンポよく話す。

「一人、一七五〇円かー」

 健吾が高いなあというふうに上を向く。

「でも貴重な経験ができましたよ」

「眺めはどうだった? すげかった?」

「霧が濃くて、ぜんぜん見えませんでした」

「マジか⁉」

「マジっすよ」

 星月さんと健吾が顔を突き合わせる。

「でも、逆によかったです。なんか壮大で。霧がこう、わーって流れてて」

 星月さんが両腕を右から左に大きく動かす。

「わーっとか」

 健吾も同じように腕を動かす。

「わーっとです」

 星月さんがもう一度やる。

「それはすげえな」

 健吾が大まじめな顔でうなずく。

 すごくアホな光景だった。

 二人は波長が合うらしい。どちらも太陽属性。

 ぼくはこういうキャラにはなれないなと、ふと思う。自分がこうなるとしたら、どんなときだろう。落ち込んでる誰かを元気づけたくて、無理やりテンション上げるとかだろうか。

「小さい頃行ったきりで、覚えてないなぁ」

 成美が言うと、

「俺、一回もない」

 健吾が続く。

「そうなの?」

「ああ。しまなみ海道チャリで走ったこともないし」

「私もないわね」

 そのとき、成美がはっとなって──ぼくを見た。

「ねえ、いいかもしれない」


七月隆文・著/前康輔・写真 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?