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それが照れ隠しなのだと、わかった――「天使は奇跡を希う」017

 星月さんは何も言わない。

 背中に感じる彼女の服の布地がちょっと硬くなった錯覚がした。

「久間ってやつが、チャラいグループに。

 休み時間に頭はたかれたり、嫌ないじられ方してるなってイライラはしてた。

 でも何も言えずにいたんだ。恥ずかしいことだけど」

「……普通、そうだよ」

 彼女の気遣う響き。

「でも文化祭のとき、そいつらが久間の弁当見て

 『まずそう』とか『くっせ』とか言ってて、

 最後は――弁当の中身をゴミ箱に捨てたんだ」

 それで、ぼくはキレた。

「だって久間のお母さんが作ってくれたやつだろ?

 それを捨てるってありえないだろ。

 ぼくは別に久間と特別仲がいいわけじゃなかったけど……許せなかったんだ」

 思い出すと、今でも声に怒りがこもる。

「だからそいつらに殴りかかった。めちゃくちゃやった。

 すぐ止められたけど、ぼくも怪我してあいつらも怪我した。

 それが問題になった。もちろんそうなるし、しょうがないんだけどさ……

 家族が味方してくれなかった」

 ハンドルのゴムを握り締める。

「わけを話してもさ、親父もお袋も

 『手を出しちゃ駄目だ』『とにかく向こうに謝れ』の一点張りで、

 理由はぜんぜん酌んでくれなくて。……ぼくはその瞬間さ」

 ああ、家族は理解してくれないんだな。

「……ってなって。

 そこからは顔も合わせたくなくなったし、まあ、いろいろあったんだよ。

 それで結果――今治のおばあちゃんのところに来ることになったんだ」

 コツリと硬いヘルメットと耳の間で、風の歪(ひず)む音がする。

「そういう事情なんだよ」

 イルカの看板が見えたけど、それにふれる気にはなれない。

 少しして。

「お母さんのお弁当を捨てるのは、だめだよね」

 それは上辺じゃない、ほんとうにそう思っていることが伝わってくる声だった。

「怒るのもしょうがないよ」

 全面的に擁護されるとかえって自分の非を強く感じて、なんて返していいのかわからなくなる。

 だからぼくはいろいろと言葉を探して、結局、

「ありがとう」

 と言った。

 すると彼女はほとんど間を置かずに、

「ユーカとのサイクリング、最高でしょ?」

 それが照れ隠しなのだと、わかった。


七月隆文・著/前康輔・写真 

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