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「ほづきちって、誰もやったことないことが好きじゃないですか?」スルーしつつ、窓の外を眺める。――『天使は奇跡を希う』024

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 ぼくと星月さんはタクシーの後部座席にいた。

 展望台に続く山道を登っている。

 頂上まではママチャリではとても無理だと、職員たちに説き伏せられたのだ。

 地元のタクシーが定額で案内してくれるコースを用意しているから、それにしなさいと。

 往復と頂上での滞在時間込みで三五〇〇円。

 ぼくらにとっては高かったけど、二人で割ればまあなんとか、という感じで乗ることにした。

 一応ミッションだから。

「あんなに聞かなくても」

 ぼくは隣に座る星月さんに言う。小屋でタクシーを待ってる間、彼女は、

『ほんとに他に誰もいないんですか?』

 とこだわって、持ち前の愛嬌でぐいぐい押して、職員に過去の記録まで当たらせた。

 結果、一人もいないと言われたとき、彼女はくりっとした目をさらに大きくし、

 それから「そうですかあ」と、でへへと頭に手をやった。

「ほづきちって、誰もやったことないことが好きじゃないですか?」

「知らねーよ」

「好きじゃないですか?」

 スルーしつつ、窓の外を眺める。

 高くなっていく景色を眺めるうち、職員の言ったことは正しかったなと思った。

「これ、自転車じゃ絶対ムリだったよね」

「だな」

 大きくカーブ。体が傾く。

 曲がった先に、二人組のサイクリストが見えた。

 若い男女ペアで、ロードバイクを漕いでいる。

 あっというまに追い越して振り向くと、女子の方は眼鏡で文系な感じだった。登れるのかなと少し心配になった。


七月隆文・著/前康輔・写真 


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