健吾と成美の、まなざしが揺れる――「天使は奇跡を希う」042
聞かれた星月さんは、パンをくわえたまま目を見開く。
「忘れてた!」
「忘れんなよ」
ツッコむと、彼女は笑いつつ残りのパンを押し込み、口をもこもこさせながら立ち上がる。
それから数歩進み出て、あごを持ち上げるように空へ向き、肩の線を膨らませる。たたんでいた翼がしなやかに広がり――
バサ、バサリッ。
と、空気を地面にぶつけた。芝がなびき、ぼくたちの顔にも音と風が当たる。
「おお……」
健吾と成美が揺さぶられたまなざしをしていた。
初めて見るきちんとした翼の挙動。女の子の背中に羽があるという――本物の天使の存在をリアルに実感したんだと思う。気持ちはわかった。
「…………ダメっぽいかなぁ」
星月さんが遠慮がちに言いながら、バサバサと続けている。
「! あっ」
成美の声に振り向くと、メランジェを入れていたビニール袋が宙に舞っていた。
健吾が立ち上がり、捕まえようとする。と、同じく動いていた成美と至近距離で向き合う。
瞬間、弾かれたように健吾がバックステップした。やたらあわてた顔をして、それから気まずそうに頭をかく。
転がるビニールをぼくが踏んづけて捕まえると、みんなが「おー」と拍手した。
そのあと、三島神社に寄った。
「よくこんなところ知ってたな」
ぼくが言うと、隣に座る星月さんがドヤ顔でサムズアップする。
たぶん地元の人間でもあまり来ない場所だ。
田んぼの前にあるこの神社にはまっすぐのびた長い石段があって、上りきった段差に、ぼくと成美と星月さんの三人で座っている。健吾は境内をうろついていた。
「ここ、話しやすいね」
言って、星月さんが前を指さす。
「そこがポイントだね」
高い位置だから田畑の景色が見渡せるけど、そこに森の枝葉がかかり簾(すだれ)のようになっている。
「眺めがいいだけじゃない、いい感じの目隠しになってて落ち着く」
「ああ」
同感だった。
「静かだし」
「うん」
実は何度か来ている。成美のお気に入りで、放課後たまに寄ってだらだら話をする。
「だめですよ星月さん」
うしろから健吾がおどけた口調で、
「そんな仲良く話してると、成美に怒られますよ?」
星月さんもわざとらしく「はっ!」とする。
「ささ、ほづきちさん、あとは若い二人に任せて」
「そうですのう」
「いいって」
去ろうとする二人を止めた。
健吾は気の回しすぎだと思う。成美も困った表情で黙っていた。
「じゃあ御手洗のところにセミの死骸が浮かんでたから、みんなで見に行こうぜ?」
それは全員でお断りした。
七月隆文・著/前康輔・写真