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星月さんが、ごくりと息をのむ。――「天使は奇跡を希う」040

「何が?」

「みんな行ってないじゃない、そういうとこ」

「まあ、かもな」

「そうなのよ。だから行って、体験記みたいに書くのよ」

 なるほど。次の新聞か。

「『地元の人間が地元の観光地に行ってみた』みたいな」

「そうそう。読んだ人が地元を再発見して『今治(いまばり)いい』って思えるような」

「出た、地元ラブ」

 ぼくのいじりに、成美はただ真面目に困った表情を浮かべた。それでぼくも困ってしまう。

 成美にはノリが通じないときが結構あった。ぼくも覚えないといけないんだけど。

「なんの話だ?」

 健吾が聞いてくる。

「部活。そういうの次の新聞にしたらどうかって」

「それな!」

「それなってなんだよ」

「面白いじゃん、地元の名所巡り。しまなみ海道とか、あと市民の森?」

「あれ名所じゃないだろ」

「あっ、次のミッション、市民の森です!」

 星月さんが言う。

「マジか! 行くしかないな!」

「ないっすね」

 健吾と星月さんがコントみたいにうなずき合う。

「よし、決まり。みんなで市民の森、行こう」

 健吾が体ごとぼくに向いてきた。

「ミッションやれて、新聞の記事も書けて一石二鳥だ。うん。――というわけでさ」

 もたれかかるように肩を組んできた。

「俺らも入れてくれよ。なあ、星月さん?」

「えっ、ほづきちもよいのでありますか?」

「なんで軍人口調なんだよ」

 ぼくはツッコむ。

「よいのであります!」

 健吾が敬礼する。

 星月さんが敬礼を返した。

 そして二人で、敬礼のままぼくを見てくる。

「……いいけど。ミッションはやらなきゃいけないし」

 健吾がにかりと笑う。

 昔からこういう奴だ。輪を作ろうとする。ぼくが転入してすぐ歓迎会兼バースデーパーティーを開こうと言いだしたのもこいつだし、なんて言ったらいいんだろう、広い意味で育ちがいいってことの気がする。

 ぼくは成美の意思を確認する。

 目が合うと、ちょっとだけ間を置いて、うなずいた。

「よーし!」

 健吾が立つ。寝ていてもでかいが、立つとまたでかい。

「じゃあ今からみんなでフジグラン行こうぜ!」

 CMみたいな言い方だなと、ちょっと思った。

「星月さんはフジグラン知ってる?」

「遊ぶところ?」

「そう! 映画もゲーセンもボウリングもツタヤもビレバンもあるエンターテイメント商業複合施

設のフジグランに、みんな行こうぜ!」

 完全にCMだと思った。

「―――待って」

 立ち上がろうとしたぼくたちを、成美が止める。

 そして、神託を受けたジャンヌ・ダルクのような厳かな面持ちで告げた。

「玉屋に行きましょ」

「玉屋って……かき氷の?」

「星月さんは行ったことある? 玉屋」

 星月さんが横に首を振ると、

「実はね」

 成美は目と目を合わせながら、人生の真理を伝える教育者のまなざしで、

「今治にはいろいろ名物があるけど、一番食べるべきなのは皮焼き鳥でも焼豚玉子飯でもひょっとしたら鯛ですらなく、かき氷かもしれないってくらい美味しいかき氷屋さんが二軒もあるの。そのひとつが―――玉屋」

 星月さんが、ごくりと息をのむ。

「ここのミルクセーキかき氷はね、ふわりと溶ける舌ざわりと、まろやかでクセになるミルクセーキの甘さがたまらない、ここにしかないかき氷なの。超おいしい。ボウルと泡立て器(ホイッパー)を使った独特の製法にも一見の価値があるわ」

「……単にお前が食べたい気分になったんだよな?」

 ぼくと健吾は共通のまなざしを向けるが、成美は眉ひとつ動かさない。こうなった成美を止めるのは、ぼくたちには無理だ。

 というわけで、ぼくたちは平日の夕方、時折訪れる地元民や観光客に混じってミルクセーキかき氷を食べたのだった。


七月隆文・著/前康輔・写真 


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