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天国、帰れそう? ――「天使は奇跡を希う」041

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 そして、ミッション兼部活動が始まった。

「蓮(はす)って、めっちゃキモいな!」

「キモかった!」

 健吾と星月さんが共感している。

 月曜の放課後、ぼくたちは市民の森を訪れ、その一番の高台に向かっているところだった。

「キモいっていうか、グロい」

「モネの見方変わる勢いだよね」

 睡蓮の作者までディスりだした。

 まあたしかに、水面にびっしり集まった丸い葉は何か巨大化した微生物とでもいうような気持ち悪さがあったけど。

 話しながら蔦の絡んだ緑のトンネルを上っていくと、ほどなく市民の森の頂上エリアに至った。

「おぉー」

 星月さんが「やや良い」ぐらいの声を出す。

 たしかにそのくらいの眺めだった。

 芝の生えた狭いスペース。眺望を楽しむためのベンチが二脚並んでいて、低い柵の向こうに

森の景色や市街がそこそこに見渡せた。

「国際ホテル!」

 星月さんがイオンの向こうにそびえるビルを指さす。緑色の屋根をした、今治市のランドマーク。

「どっからでも見えるなあ」

 ぼくはつぶやく。他に同じくらい高い建物がないから、市街にいるとだいたい目に入る。

「遠出から戻ってくるときあれが見えると『ああ帰ってきたんだな』って思う」

 成美が言いつつベンチにバッグを置き、中から白いビニール袋を取り出した。

「メランジェ買ってきたの」

 メランジェというのは、オガワベーカリーというパン屋の看板メニューで、地元ではそれなりに有名だ。

「自分とこのでよくなかったか?」

 成美の家はパン屋だ。それならタダだったんだけど――

「これが食べたかったの」

 成美相手に愚問だった。

「太るぞ」

 成美に睨まれ、健吾が「ひいっ」と大げさなリアクションをした。こいつは他の女子に対してはすごく紳士なのに。それだけ付き合いが長いということだろうか。

 一三〇円と引き替えにビニールに入ったメランジェを受け取る。

 シンプルな楕円のソフトフランスパンは、焼き目からも素朴な匂いがする。かぶりつくと、やや硬めの生地と、しっかりした生クリームが口の中に広がった。パンもクリームも素朴な、なんのへんてつもないパンなんだけど……

「なんだか、するする食べられます」

 星月さんが言う。

 そう、この「ふわりとした甘い香り」などとは無縁の地味で無骨なメランジェは、不思議とするするいける美味しさがあった。

「でしょ」

 成美が食べながら笑む。

「白髪混じりのおじさんが焼いてるんだけど、いかにもその人が作ったっていう……『オヤジのパン』って感じがして、いいのよね」

「たしかにオヤジのパンって感じします!」

「あと、丁寧語じゃなくていいから」

「はい――うん。じゃあわたしのこともユーカで!」

「わかった」

 高台の風に吹かれながら、ぼくたちはベンチに並んでメランジェを食べた。

「そうだ」

 成美がはたと気づく。

「星月さん、ここから天国帰れそう?」


七月隆文・著/前康輔・写真 

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