意味がわからない――「天使は奇跡を希う」005
ベニヤ板に囲まれた部室にぼくの声がこもりがちに響いて、余韻もなく消える。
直後に、取り返しのつかないことをしてしまった自覚で、こめかみから髪の生え際のところまでがちりりとなって、微少の汗が噴き出す。
星月さんの表情が、ぱっと咲く。
「見えてるんだ⁉」
日陰の部室で、彼女の瞳が光を増す。
蛍光灯を持ったまま、ばたばたと詰め寄ってきた。壁にぶつかりそうになる翼を後ろに伸ばしながら。
「わたしの羽、見えてるんだよね⁉」
「…………」
「じゃないかなーとは思ってたんだよね、ちょっと!」
ぼくの答えを聞くことなく矢継ぎ早に言って、ほっとした仕草をする。なんだかすごく嬉しそうだ。
そのときぼくは、彼女の言葉に隠れた重要なニュアンスに気づいた。
そうじゃないかと思っていた。実は見えてるんじゃないかと疑っていた。
それってつまり――
「……ひょっとして、天使がどうこうってネタをやってたのは、それをたしかめるため……?」
ぼくの指摘に星月さんは唇を少し引きつらせ、それからぼくを見て、ヒクヒクヒクヒクッとわざとらしく唇を動かした。コミカルな顔芸だ。それから。
「でへへ」
と笑い、
「ユーカは油断ならない女なんだぜっ」
漫画のキャラみたいな口調で、びしっと指さしてきた。
「天使なんだぜっ」
「うるせーよ」
ツッコんでしまった。
すんなり口をついて出たことに、自分でちょっと驚く。
星月さんはなぜか嬉しそうだ。
「……ほんとに、天使なのか?」
「なにしろユーカだからね」
「意味がわからない」
またツッコんでしまった。
七月隆文・著/前康輔・写真
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