DX事例分析その2:出光興産
分析屋の下滝です。別連載でDXとマーケティングを書いています。
その連載では、ちょっと概念的・抽象的な内容になっているような気がするので、この連載では、DXの具体的な事例の分析の練習をしようと思っています。
第一回目は、JALを扱いました。
第二回目は、出光興産としたいと思います。
事例として参考にするのは以下の記事です。
出光興産が輸送効率を2割向上、ベテランの配船ノウハウをAI化したプロセスとは
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01682/072000009/
さて、分析にあたり、以下の視点で見ていきます。
・何を変革している?
・顧客にどんな価値を提供している?
・競争力は上がったか?
・目標をおいているか?
出光興産のDX
まずは今回参考にしていく記事のまとめ部分です。
経済産業省と東京証券取引所が2021年6月に発表した「デジタルトランスフォーメーション(DX)銘柄 2021」。「日本の先進DX」といえる選定企業の事例を厳選して取り上げ、DX推進の勘所を探る。出光興産が進めているDXのうち「人工知能(AI)による配船計画の最適化」を取り上げる。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01682/072000009/
出光興産が進めているDXのうち「人工知能(AI)による配船計画の最適化」を見ていくことになります。
出光興産のDXは、次のように表現されています。
「単なるテクノロジーの活用ではなく、ビジネスプロセス全体を変革していく活動だ」。出光興産の三枝幸夫執行役員CDO・CIO兼デジタル・DTK推進部長は同社のDXについてこう語る。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01682/072000009/
・DXは、単なるテクノロジーの活用ではない
・DXは、ビジネスプロセス全体を変革する活動
ここからは、ビジネスモデルの変革ではないことが見受けられます。もしかすると、ビジネスプロセス全体を変革することは、ビジネスモデルの変革も含むことなのかもしれませんが、分かりません。
出光興産では、DXの取り組みを3つの視点から行っているようです。
・Digital for Ecosystem:ビジネスパートナーとの共創
・Digital for Customer:顧客との共創
・Digital for Idemitsu:従業員との共創
これらがどのように相互作用するのかは分かりません。
なお、出光興産の中期経営計画(PDF)では、もう少しDXに関して表現されていました。
・DXの取り組み:ビジネスプロセス全体をデジタル技術で変革させ 、新たな顧客価値の創造・従業員体験向上へ
・Digital for Ecosystem:ビジネスパートナーとの共創
・企業間連携による共創
・大企業、スタートアップ、オープンイノベーションなど
・Digital for Customer:顧客との共創
・顧客に対する新たな価値提供
・既存顧客のサービスレベル向上
・新規顧客獲得
・Digital for Idemitsu:従業員との共創
・従業員の新しい働き方創造
・全社横断/業務プロセス変革による全体最適化
https://www.idemitsu.com/jp/company/policy/2030_vision.pdf
ここでも変革対象は「ビジネスプロセス」と表現されています。しかし、Digital for Idemitsuでは「業務プロセス」とされているので、もう少し広い意味で「ビジネスプロセス」という言葉を使っているのかもしれません。
また、新たなサービスを開発するわけではない、とも読み取れます。
さて、今回の記事で見ていく「AIによる配船計画の最適化」は、「Digital for Idemitsu:従業員との共創」となります。
AIによる配船計画の最適化
記事によると、内容は次のようなものです。
従来、白油船(ガソリン・軽油・灯油運搬船)の配船計画業務は10人程度のベテラン社員による手作業だった。社員は原油価格、各油槽所にあるタンクの在庫、販売見込み、輸送時の気象予報などの情報を組み合わせて立案し、Excelのシートで管理していた。
この業務におけるベテラン社員の経験と勘をデータ化してAIを開発した。AIはインプット情報を基に最適な配船ルートを立案する。AIが提示した計画は人手で微調整するものの、輸送効率を20%向上したという。その上、計画立案の所要時間を60分の1に短縮した。
「AIの導入により比較的若い人材でも精度の高い配船計画を立てられるようになった」と三枝執行役員は手応えを語る。2021年度内に実用化する計画だ。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01682/072000009/
配船ルートに関して、
・10人程度のベテラン社員による手作業で作成
・Excelのシートで管理
していたものを
・ベテラン社員の経験と勘をデータ化してAIを開発
・AIが提示した計画は人手で微調整
したとのことです。
この結果としては
・輸送効率を20%向上
・計画立案の所要時間を60分の1に短縮
・比較的若い人材でも精度の高い配船計画を立てられるようになった
といった感じでしょうか。
記事では手法等の中身に関してもう少し詳しい説明がありますが、今回の分析には関係が無いのでここまでとします。
DX事例としての分析
ではDX事例として、分析していきます。以下の評価軸をもとに見ていきます。
・何を変革している?
・顧客にどんな価値を提供している?
・競争力は上がったか?
・目標をおいているか?
何を変革しているか
まずは、何を変革しているか、です。変革を、何らかの変化・変更として捉えます。
今回は「配船ルートの計画という業務プロセスにAIを導入する」という変更をしたと捉えられそうです。
なお、Digital for Idemitsuは、「全社横断/業務プロセス変革による全体最適化」というものでした。
「全社横断や全体最適化」が今回のケースにあたるかどうかは分かりませんが、「特定の業務プロセス」を変更し、最適化(改善)したとは言えそうです。
顧客にどんな価値を提供しているか
Digital for Idemitsuは、その定義からして、顧客への価値は変化していないように思われます。
製品(サービス)は変わっておらず、稼ぎ方(ビジネスモデル)も変わっておらず、差別化となるような新たなベネフィットも生まれてないように見えます。
競争力は上がったか
顧客への価値提供が変わったわけではないめ、競争力への影響もないと思われます。
目標をおいているか
Digital for Idemitsuに関して、「全社横断/業務プロセス変革による全体最適化」としてのビジョンのようなものは掲げられていますが、目標となるようなものはなさそうです。
DXとオペレーショナル・エクセレンス
さて、ここまでの分析を以下にまとめます。
・何を変革しているか:配船ルートの計画という業務プロセスにAIを導入する
・顧客にどんな価値を提供しているか:なし
・製品やサービスは変わったか:なし
・稼ぎ方(ビジネスモデル)は変わったか:なし
・差別化となるような新たなベネフィットは生まれたか:なし
・競争力は上がったか:なし
・目標をおいているか:なし
この評価軸でみると、AIにより特定の業務プロセスの効率を改善しただけの取り組みに見えます。デジタル技術を用いることによる業務改善です。
デジタル技術を用いることによる業務改善は、DXでしょうか? この問いに対する回答は、DXをどのように定義するかに依存します。
たとえば『DX実行戦略』の書籍の場合では、DXにはあたりません。特定部門内でのデジタル化であって、部門を横断せず、戦略やビジネルモデルが変わるような大きな組織変革ではないためです。
他には『デザインドフォー・デジタル』の書籍では、DXの取り組みに近い可能性があります。以下、参考として少し見ていきます。
デジタル技術が潜在的に及ぼす2つの影響を、本書では、「デジタル対応化」と「デジタル化」に切り分け区別している。デジタル技術を活用した「デジタル化」では、SMACITとその関連技術によってビジネスプロセスや業務を改善させる。例えば、IoTの技術によって、物理的に離れた場所にある機器や業務のサポートを自動化することができる。またモバイルコンピューティングによって、シームレスな従業員体験を実現することができる。人工知能では繰り返しの多い管理プロセスの自動化が可能となる。デジタル技術をこのように活用すれば、確実に企業の利益につながる。しかしこれはデジタル化であって、デジタル対応化とは異なる。
これに対し、デジタル対応化はイノベーションの範囲を広げ、加速させる。企業がデジタル対応の環境を整えれば、SMACITや関連技術をデジタルサービスの開発に活用することができるのだ。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, pp.90-91
ここから分かるように『デザインドフォー・デジタル』では、以下を区別しています。
・デジタル対応化(digital, digitalization, デジタライゼーション)
・デジタル化(digitize, digitization, デジタイゼーション)
なお、SMACITとは、ソーシャルネットワーク、モバイル、アナリティクス、クラウド、IoTの頭文字をとったものです。
今回の出光興産の取り組みは「デジタル化」に分類されると思われます。
続けます。
デジタル化はオペレーショナルエクセレンスを高め、デジタル対応化はカスタマー・バリュープロポジションを高めるのである。この2つを混同しないことが重要だ。デジタル化を推し進めてデジタルトランスフォーメーションを自分が主導していると考える経営陣が、実は時代遅れのバリュープロポジションを土台にしてオペレーショナルエクセレンスを実現しているだけなのかもしれない。これでは、短期的な競争力の底上げにはなるかもしれないが、デジタル対応化の成功につながる見込みは低い。ウーバーやリフトが登場する中で、町で一番のタクシー会社になっても成長に限界があるだろう。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, p.91
ここでは、「デジタル化」と「デジタル対応化」において、それぞれ行った結果として、何が高まるのかを区別しています。デジタル対応化で高まる「カスタマー・バリュープロポジション」とは、本書によれば以下の意味です。
価値提案。顧客のニーズに対して自社だけが提案できる価値を言う。自社の存在価値や独自性を顧客に伝え、競争力の向上につなげるための概念。
──『デザインド・フォー・デジタル』, ロス, p.26
デジタル化で高まる「オペレーショナルエクセレンス」とは、以下の意味です。
業務オペレーションに関して卓越した競争力を実現すること。事業活動の品質や効率性を向上させることにより、持続的な競争優位を確立できるレベルにまで達すること。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, p.26
では、Digital for Idemitsuは、オペレーショナルエクセレンスを高める取り組みでしょうか。
・Digital for Idemitsu:従業員との共創
・従業員の新しい働き方創造
・全社横断/業務プロセス変革による全体最適化
上記の記述からは、競争力を意識しているようには読み取れないように思えます。
また別の視点として、オペレーショナルエクセレンスは、マーケティングにおいては、戦略の一つとして扱われています。
マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマという2人のマーケティング・コンサルタントは、より顧客中心のマーケティング戦略を提示している。彼らによれば、企業は優れた価値を顧客に提供することによって、リーダーとしての地位を獲得できるという。優れた顧客価値を提供するためには、3つの価値基準のいずれかを戦略として追求すればよい。
1つ目はオペレーショナル・エクセレンス(業務上の卓越性)であり、価格と利便性で業界をリードする。コストを削減し、無駄のない効率的な価値提供システムを生み出し、信頼性のある製品やサービスを安くて手軽に求める顧客を対象とする。例としては、ウォルマートやサウスウエスト航空などが挙げられる。(省略)
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.72
では、戦略としてのオペレーショナルエクセレンスをDigital for Idemitsuは掲げているでしょうか。
・Digital for Idemitsu:従業員との共創
・従業員の新しい働き方創造
・全社横断/業務プロセス変革による全体最適化
この位置付けからは、明示的にオペレーショナルエクセレンスを追求するような視点は見られないように思えます。したがって、マーケティングにおける戦略ではないともいえるかもしれません。ただし「従業員との共創により従業員の新しい働き方創造する」ということが、マーケティングにおける何かしらの戦略として存在する可能性は残ります。
続けます。
しかし残念なことに、既存企業がデジタルイノベーションを優先するために、オペレーショナルエクセレンスを放棄してよいということではない。現代のようにユビキタスデータ、無制限の接続性、そして膨大な処理能力が与えられている環境では、人間が介入できる余地はきわめて限られているのだ。デジタル企業のスピードについて行くためには、従業員は機能不全の業務プロセスに煩われる時間はない。仕事をこなし、決断を下し、アイデアを探索しなければならない。システム、プロセス、データを利用して、顧客や従業員の作業をやりやすくしなければならない。リーダーたちは、トラブル処理のために時間を無駄にしてはならない。新たなカスタマーインサイトを得て、それを行動に移すために時間を使うべきなのだ。
オペレーショナルエクセレンスは、単なる良いアイデアから「必須条件」になった。デジタル化は、少し前までは、例えば基幹系情報システム(ERP)の導入はビジネストランスフォーメーションの目標となり得たが、現代ではデジタル変革の前提条件となっている。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, pp.91-92
ここではオペレーショナルエクセレンスの必要性が述べられています。
では、オペレーショナルエクセレンスを高めるためにデジタル化を行うことは、DXの取り組みと言えるのでしょうか。『デザインドフォー・デジタル』では、「オペレーショナルバックボーン」と呼ばれるものの構築が必要だと書かれています。
デジタル化は、オペレーショナルバックボーン(整合のとれた一連のシステム、データ、プロセスで、業務の効率化と質の高い取引データおよびマスターデータを支えるもの)を構築して維持する取り組みでもある。デジタル化で実現するオペレーショナルエクセレンスはデジタル対応化のための最低必要条件である。そのため本書では、オペレーショナルバックボーンをデジタル対応化に必要なビルディングブロックの一つとしている。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, p.115
オペレーショナルバックボーンに関してもう少しく詳しくこう書かれています。
オペレーショナルバックボーンは、企業の中核業務を支えるシステム、データ、プロセスを整合的に統合した組み合わせである。このバックボーンは、各部門で個々に構築されてきた入り組んだシステム、プロセス、データを、標準化された共有システム、プロセス、およびデータに置き換える。図3.2は、オペレーショナルバックボーンを図解している。
このオペレーショナルバックボーンによって、信頼でき、安定して、かつ安全な業務を確実に遂行することができ、ビジネスを成功に導くことができる。具体的にはオペレーショナルバックボーンの役割は次の4つである。
1.取引開始から完了までのシームレスな取引処理のサポート
2.信頼でき、利用しやすいマスターデータ(すなわち、一元化された情報源)の提供
3.取引とその他の中核プロセスの可視化
4.繰り返しの多い業務プロセスの自動化
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, pp.95-96
図3.2は以下のような図です。
オペレーショナルバックボーンを有することには非常に大きな利点がある。オペレーショナルバックボーンは、企業のシステム、プロセス、データ内の付加価値をもたらさないばらつきを排除、または大幅に削減することで、収益性、顧客満足、そしてイノベーションの可能性に寄与するからだ。これによって、企業はデジタル企業への足場を築くことができる。実際、本書のリサーチでも、オペレーショナルバックボーンを構築できている企業、すなわち図3.2に示された特徴を有した企業は、そうでない競合他社と比べ、俊敏性と革新性に勝っていることが示された。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, p.96
『デザインドフォー・デジタル』では、デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル対応化に向けての取り組みとされています。デジタル対応化のためには、「オペレーショナルバックボーン」といった5つのビルディングブロックを構築を行えば良いとされています。
ここまでを踏まえると、Digital for Idemitsuは、デジタル化によりオペレーショナルエクセレンスを高めるかもしれません。しかし、
1.競争力を高めることを目的としていないように見えます。
2.オペレーショナルバックボーンを構築することを目標としていないように見えます。
3.マーケティング戦略としてのオペレーショナルエクセレンスではないように見えます。
『デザインドフォー・デジタル』に基づけば、Digital for Idemitsuは、デジタルトランスフォーメーションの取り組みとは言えないかもしれません。
まとめ
今回の記事では、出光興産のDX取り組み事例を見ました。この取り組みは「AIによる配船計画の最適化」というものでした。
出光興産では3の視点からDXの取り組みが行われています。
・Digital for Ecosystem:ビジネスパートナーとの共創
・Digital for Customer:顧客との共創
・Digital for Idemitsu:従業員との共創
また、これらは全体として「ビジネスプロセス全体をデジタル技術で変革させ 、新たな顧客価値の創造・従業員体験向上へ」が掲げられています。
今回の記事では「Digital for Idemitsu(従業員との共創)」の例として、「AIによる配船計画の最適化」の取り組みを見ました。なお、Digital for Idemitsuは、以下のように書かれています。
・Digital for Idemitsu:従業員との共創
・従業員の新しい働き方創造
・全社横断/業務プロセス変革による全体最適化
また、この「AIによる配船計画の最適化」取り組みを以下の視点から評価しました。
・何を変革しているか:配船ルートの計画という業務プロセスにAIを導入する
・顧客にどんな価値を提供しているか:なし
・製品やサービスは変わったか:なし
・稼ぎ方(ビジネスモデル)は変わったか:なし
・差別化となるような新たなベネフィットは生まれたか:なし
・競争力は上がったか:なし
・目標をおいているか:なし
最後に、DXの参考書籍をもとにし、この取り組みの枠組みであるDigital for Idemitsuが、それら書籍でのDXにおいてはどのように位置づけられるのかを見ました。特に、オペレーショナルエクセレンスの視点から見ました。
Digital for Idemitsuは、デジタル化は行いますが、明示的にオペレーショナルエクセレンスを追求するような視点は見られないようでした。すなわち、以下を掲げているようには見えませんでした。
1.DXにおけるオペレーショナルエクセレンス:業務プロセスの品質や効率の向上により競争力を実現すること
2.マーケティング戦略としてのオペレーショナルエクセレンス:戦略として業務の卓越性を追求することで信頼性がある製品を安く手軽に求めるような顧客を対象にすること
DXの参考書籍をもとに、DXの取り組みを見なせるかどうかの評価は、次のようになりそうです。
『DX実行戦略』の書籍をもとにするならば、AI化の取り組みは、特定部門でのデジタル化であって、部門を横断せず、戦略やビジネルモデルが変わるような大きな組織変革ではないため、DXとは言えなさそうです。
『デザインドフォー・デジタル』の書籍をもとにするならば、AI化およびDigital for Idemitsuの取り組みは、オペレーショナルバックボーンの構築を目標として掲げていないため、DXとは言えなさそうです。