絵本の話

去年、絵本を出した。

とはいっても、私は絵本作家でも分筆家でもないので、あくまで「編集を担当した」に過ぎないのだが。

2回目のnoteの記事に何を書こうかと思い、ふと、昨年自分はどんな仕事をしたのだろうと、振り返ってみたのだが、そのなかで、たまたま担当した翻訳の絵本を出発点に、絵本について考えてみることにしたい。

『いっしょにのぼろう』

話を冒頭の絵本に戻す。

昨年の秋に↓のような翻訳の絵本の刊行した。
https://www.amazon.co.jp/dp/4813278809

あらすじはこんな話。

ある山のふもとに、アナグマのおばあさんが暮らしていました。
アナグマのおばあさんは毎日山に登っていました。
途中でキノコをとったり、友達を助けたり。
そんなある日、いっしょに山に登る仲間(=子ネコのルル)と出会います。
そのなかでルルはいろいろなことをおばあさんから学びます・・・。

テーマとしては、人生について振り返り、伝承とか、人に何かを伝えるということは何なのか、など考えれば考えるほど味わい深いものだ。

ページ数は72Pと多いものの、内容としては十分に小学校入学前の子どもでも分かるものだし、イラストのタッチもいわゆる「オトナ絵本」とは違った。そのため、オーソドックスな絵本の作り方を踏襲した。

内容が良いだけでは売れないのが絵本の悲しいところ。
そりゃそうだ。小説のようにバッドエンドや、物議を醸す読後感というのは絵本の場合あまりないのだから…。

絵本って何だろう

さて、ここからが今回の主題。

絵本とは何だろう、という、ちょっと哲学的な問いを立ててみたい。

「子ども向けの絵が中心で、そこに文字が添えられている本」
というのがおおかたの考えることだろうか。

最近は大人向けの絵本が増えていたり、いわゆる「アートブック」「イラストレーションブック」と呼ばれるものも増えている。そして、絵がない絵本も、文字がない絵本もある。

実にさまざまなのだ。
別に揚げ足を取りたいわけではない。

ただ、何か世間一般の「絵本像」にいろいろなところが引っ張られているのではないか、と思っているのだ。

この本のゲラを営業の人や書店の人に見てもらったときに反応がまちまちだった。
冒険譚だからあの本を参考にしたらどうか、大人向けだから判型を原著から変えてみたらどうか、それにしては内容が薄い、漢字は使わずにすべてひらがなにしたらどう、いやいや漢字はある程度入れたほうが良い、原著の4歳以上向けっていうのは違うのでは・・・? などなど

おそらくページ数が多い、というのも理由があるかもしれない。

世界にはもっと多様な絵本がある

冒頭でも書いたとおり、この本は大人向けというよりもオーソドックスな絵本としてつくった。絵本を翻訳する場合、対象年齢を考え、そこから漢字の有無、造本面(子どもが舐めるかどうかなどを考えて、どういう紙を使うかなど)を考える。

これは絵本に限らず、広く「本」の造本にも言えることなのだが、このように編集の過程である程度の「こうしておくと無難」「これがセオリー」という手順を踏むことが多い。
そして、それが世界のさまざまな本を持ってくる際の障壁になってしまっているのではないか、と思っている。

これは単にいわゆるアートブックなど独創性の高いものが海外の方が多いということを言いたいのではない。

あまりにも日本の「本」がこれまでのフォーマットに縛られすぎているのではないか、ということだ。

先述したように、ある程度決まったサイズはあるし、ページ数が多いと子どもが飽きてしまう、学年配当に沿って漢字を使う、そうではないものは大人向けの絵本・・・といったように。

『いっしょにのぼろう』の著者、マリアンヌ・デュブクさんはこれまで2冊ほど他の出版社で絵本を出している。翻訳書の場合は、前作を刊行した出版社に翻訳の優先権があるので、『いっしょにのぼろう』をうちが翻訳することができたのは、おそらく前作を出した出版社が優先権を放棄したと考えられる。

単に前作が売れなかったというのもあるのかもしれないが、おそらくページ数が多いものを嫌ったのではないかと踏んでいる。あくまで憶測だが。

翻訳本を担当するのは難しい

原著がすでにあるので、編集者ができるのは、翻訳者さんといっしょに言葉を選び、本の造本面を考え、そのまま翻訳したのでは分からないばあい、タイトルを考える、ということに過ぎない。
(余談だが、原著のタイトルをそのまま翻訳すると「山への道」だった。そのため、本の内容を鑑みて翻訳者とタイトルを考えた。)

ゼロからつくるものとは違うので、いかにその作品に惚れるか、すでに存在しているこの本を広めたいと思っているか次第になってしまう可能性もある。

しかし、それでも世界にはもっと面白い絵本、本が多いのだ。でも、これを翻訳するときにどうするのだろう、いくら掛かるのだろう、そしてどんな本屋が置いてくれるのだろう、と考えれば考えるほど踏み出すのに躊躇してしまう自分がいる。

翻訳は難しい。本当にそう思う。

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