クレーハウス物語──3代住み継がれたシェアハウス

焚火屋「火Bar(カバー)」を知っていますか(2020.07.15.公開)
老人ホーム「家船屋(えぶねや)」(2020.07.23.公開)
に続く、年初恒例の妄想の事業計画の作り話化第三弾です。
格好よく言えば「妄想三部作」です。
ただ、今回は妄想ではありますが、三つのなかでは、20年来の筋金入りの妄想で、実現したいものです。
だからつい、どうでもいいようなことまで説明したくなってしまって(苦笑)。ちなみに、タイトルは二行に割りたかったんですが、できないんですねぇ(涙)。

というわけで、梅雨明けの本日の作り話は──

街を歩いているとき、ふいに、クレーハウスに出くわした人が思うのは、「巨樹」「廃墟化した材木屋」「ツリーハウス状の遊興施設」だろうか。
 目の前の公園で遊ぶ近所の子どもは“丸太小屋”と呼ぶ。そのとばっちりを受け、「三丁目さくら公園」という名前のその公園も“丸太公園”で通じる。公園の主のような子どもたちは格好つけて“マルコ”とか“マルタ”と呼ぶ。
 ついでに言えば、建設後ほどなく、タクシー運転手に「3丁目の丸太小屋」と言えば通じたし、郵便物も市名が間違っていなければ届くとか、いや、県名があっていれば届くという都市伝説が生まれたという筋金入りの建物だ。
 子どもたちには丸太“小屋”と呼ばれているがログハウスではなく、実際は3階建ての集合住宅である。
 公園から見える側の一階は、伐木後、樹皮もはがずにそのままの丸太を無造作に立て掛けただけの(ように見える)外壁であり、そのうちの何本かは、3階まで届き、さらに屋根まで伸びている。2階から3階にかけては、ベランダや窓の採光のためだろう、長さが不ぞろいに切られているが、見る角度によっては全体が丸太でできているかに錯覚する。
 丸太の間からベランダに育つ植栽が気持ちよく枝を伸ばしているため、一本の巨樹のようにも、ツリーハウスのようにみえなくもない。敷地の周囲は、不審者の出入りを防ぐ役にはたたないが、牛や馬なら、と思わせる、牧柵のような木柵が囲んでいる。
 地域住民であるならば見慣れた光景だが、引っ越してきたばかり人間にとってはあきらかに「不審」な建物である。
 子どもはすぐに“丸太小屋”で通じる世界に移り住むが、家は寝る場所といっても過言ではない大半の大人たちは、子どもから公園の名前とその由来を聞いて、こじゃれたログハウスでをイメージしつつ、休日に散歩ついでに寄って、唖然とするのだ。
 子どもにとっては遊び場であることが大切で、由来だの、歴史だのは関係ない。初めて公園に来れば驚きもし、怪訝にも思うが、公園で過ごす時間が長くなればなるほど、“丸太小屋”も公園もずっと昔からあったということになる。さらに時間が経ち、公園で遊ぶことが恥ずかしくなると、同窓会などで、“丸太公園”が甘酸っぱい思い出やしょっぱい思い出とともに語られるときに、「そういえばあの丸太小屋はまだるのか?」と思い出される程度に過ぎない。
       *
先週末にこの街に引っ越してきた由梨も、当初びっくりしたくちだった。子どもを連れて公園デビューした日、ぼーっと見とれいると、やはり、子どもの手を引いた女性に声を掛けられた。
「変な建物よね。思わず見ちゃう。私も最初薄気味悪いと思ったけれど、いまじゃ、興味津々。初めてお見掛けするけれど、もしかしてあそこに越してきたとか?」
「あ。いえ」
 由梨は、ぽかんと口を開けて見ていた恥ずかしくなり、必要以上に首を振りつつ答えた。
「私は鈴木杏。この子はもも、旦那はたろう、よろしくね。あそこに引っ越してきたなら中を見せてもらおうと思ったのに、残念だなぁ」
「湊由梨といいます。この子はたけるといいます。越してきたばかりでこの辺のことよくわからないので、よろしくお願いします」
 互いに自己紹介、子どもの紹介をしてみれば、鈴木もつい最近越してきたばかりだという。初めての人間同士を結びつけてしまうほどの建物というのも珍しい。
「私も来たばかりだから、よくわからないんだ。でも、ネットでちょっと調べたらアパートみたい。こっちに、きて、きて」
 鈴木は公園を出て丸太小屋を囲む木柵の入口と思われるところに由梨を案内した。
「ほら」と鈴木が指したところには“クレーハウス”と銘板があった。銘板とはいえ、ハウスに続いて「牧場」と書いてあってもおかしくない、ペンキ文字を書いた塗装もしてない木片が木柵に括りつけてあるだけだ。
「こっちこっち」
 鈴木はどんどん敷地の中に入って建物の壁を指さしている。
 
 ■クレーハウス■
 3階 301/302/303/304/305
 2階 201/202/203/204/205/206
 1階 ねどこや木楽舎
 
というプレートがある。こっちのほうはステンレスに刻印してある。簡単な見取り図となっていて、エントランスの場所や非常階段などを示している。
 2階3階は集合住宅とわかるが1階の“ねどこや”とはなんだろう。ベッドなどの寝具屋だろうか。
 上層階と1階では入口が異なるようで、上層へは丸太と木柵の間を奥まで続く緩やかな坂道を進み、一階はいま由梨たちが前にいる銘板左手のエントランスに入るようだ。
 ここまで近づくと丸太は壁にしか見えなく、その下にはコンクリート造の近代的な建物が隠れていることがわかる。建設後何年もたっているのだろうが、丸太も傷んでいる様子はないので、特殊な処理がしてあるのかもしれない。建物も周囲も掃除も行き届いている。
 全面ガラスブロックでできている明るいエントランスは、寝具屋どころか商売の気配がない。
「“ねどこや木楽舎”ってなんでしょうか」
「あ、それもネットで検索したらわかったの。シェアハウスね」
「そうなんですか。もくらくしゃ? きらくしゃ?」
「“きらくじゃ”って読むみたい。“きらくごくらくおきらくじゃー”なんて、だっさい駄洒落が書いてあった」
「でも見た目はおしゃれですね」
「ネットの画像を見ると、なかもきれいでおしゃれ。年に何回かバザーとかのイベントがあって、そのときは入れるみたいだから、一緒に来てみない?」
「あ、それいいですね」
 公園に戻り、子どもを遊ばせて帰宅した由梨は、遊び疲れた子どもをベッドに寝かせ、夕食をパパっと用意すると、スマホで検索を始めた。
 クレーハウスに関する情報はすぐに見つかった。由梨はクレーハウスのWEBサイトをのぞいている。
 簡単な間取り図があり、賃貸部は、2階が由梨と同じような小さい子どもが一人か二人の世帯、3階はその子どもたちが自室を欲しがるような世代、または老親一人と同居できるような間取りとなっている。驚いたのは、由梨がみた坂道はまだ先があり、建物を回り込んでそのまま2階まで続いているのだ。ずいぶんと無駄なことだと思った。しかも、2階から3階は階段もあるが、幅は狭くなるが坂道がついている。何のためだろう。
 いろいろ工夫がされているが、なにより賃貸にもかかわらず、部屋のアレンジが可能ということが魅力だ。
 トイレや浴室、プライベート空間など部分的制約があるが、壁が可動になっていて、部屋の広さを変えたりできる。もっと驚くのは、キッチンをベランダ側移せたり、シャワーブースを開放的なベランダに追加できるなどのアレンジできる。最初から移動や追加ができるような設計となっているとのこと。借主の「自分たちの家」感をくすぐる。
 外観とは裏腹になかは近代的というか、機能的、そして、バリアフリーにできている。インテリア、建築雑誌に出てきてもおかしくない。実際、いくつか賞をとっているらしい。その価値がどれほどのものか由梨にはわからないが、何も知らない人間におもわず「楽しそう。ここ住んでみたい」と呟かせるだけの価値はあるようだ。
【入居はこちら】の文字にひかれてタップする。不動産会社のサイトにとぶ。
 まずは、賃料だ。越してきたばかりのこのマンションと同じぐらいの広さの部屋の家賃は、若干高いが、無理じゃないかも? と思える程度だ。空室状況を見ると3階も含めて、空きはない。部屋ごとにウェイティングリストは各部屋10あり、2階と3階に一つずつ空いているだけだ。由梨のような面白半分の冷やかしが半分だとしても人気物件だ。今のマンションを探したときに不動産屋は一言も言わなかったが、これだけ入居待ちがいれば、紹介しても無駄だからなのだろう。
 エントリーはタダだから2階の部屋に名前を書こうかと思ったとき、ちょうど連れ合いの秀太が帰宅したので、後ろを追いかけながら話すと、「別にいいけど、2階じゃあ順番が来る頃には子ども増えていたり、大きくなっているんじゃない。どうせなら、3階にしときなよ。田舎のおとーさんおかーさんにきてもらうなんてこともあるかもだし」ということで、由梨は小さなガッツポーズとともに、3階にエントリーした。
 宝くじは買わなければ当たらないし、買ったら買ったで当たりもしないのに皮算用するのと同じで、エントリーすることで、住めるかもしれないと思うと、なんだかニヤニヤしてしまう。
       *
エントランスを入り、右に曲がると前方左手の壁に小さなカウンターのついた小窓がある。管理人の部屋だろうか。
 由梨は、夕食を終え、子どもを寝かしつけると、スマホからノートブックに替えて、“ねどこや”の紹介ムーヴィを見始めている。面白いことに、カメラの視線が選べること。歩ける人、車いすの人、そして、視覚障害がある人。
 由梨は試しに“車いす”を選んでいる。
 一人暮らしが原則のシェアハウスなので、居室は広くないが、自室は一人になれることが保証されていれば広さは問題ない。実家暮らしをしていればと思えば広いぐらいだ。
 ベッドを置いても車いすが回転できる広さがあり、スイッチ類はどの部屋も車いすに乗ったまま無理なく操作ができる高さになっている。唯一の備え付け家具である洗面台を紹介する部分で由梨は笑ってしまう。
「なんで?」は、見続けているうちに思わず「なるほど!」に変わる。
 たらいは両側壁に切ってある溝に差し込むことで高さを変えられる。蛇口は正面の壁に手すりが縦に2本あり、可動式のシャワーヘッド受けに差し込んである。つまり、使う人間の背の高さや座高で上下できるのだ。
 ホームセンターで買えるものの組み合わせだが、それぞれのパーツがおしゃれなので、おしゃれ系家具屋のカタログに載っていても違和感はないだろう。
 居室ドアの開閉も自動化できたり、蛇口からの給水も自動設定ができるようになっているらしい。あくまでも、そのとき、その部屋に住んでいる人に合わせることができるのだ。
 共用部分は、リビングもキッチンもトイレ、浴室もすべてが広くて設備も充実している。キッチンは4人同時に動いても互いに邪魔にならないだろう。車いすでも動くことができ、座ったままでも調理ができるコーナーもある。トイレは二つあり、一つは車いす対応で広い。介助者が入っても動きやすそうだ。風呂場も脱衣室も広く、やはり、車いす対応のようだ。
 自室の広さ以外は、生活するために必要な設備も機能も充分であり、由梨から出てくるのは「いいなぁ、うらやましい」のみ。
 どうやって入居するのだろう。
 ねどこやのトップページには、2週間前の日付で「現在満室です。」とあるだけだった。こちらはウェイティングリストもない。
 どんな人が住んでいるんだろう。
 そして、暮らしぶりは。
 それを知る機会は意外に早く訪れた。
「めんこい子ねぇ」
由梨が子どもを公園で遊ばせているとき、隣のベンチに座った白髪の婦人に声を掛けられた。
「あなたお名前は?」
 たけるはまだ言葉がでないので、代わりに由梨が答える。
「たける、みなとたける1歳です」
「あら素敵なお名前ね。私はゆりこ87歳です。お花の百合って書くんだけど、ずいぶん前にもう枯れちゃったわね」
 たけるの顔をしっかりと覗き込んで、まじめくさって返答するものだから、由梨は笑いだしてしまった。笑いながら「私もゆりといいます。字は違いますけど」と自己紹介した。
 公園ではよくありそうな会話で始まった。
「お住まいはお近くなんですか」
「ええ、そこよ。あの丸太小屋」
「えぇっ!」
 ということで、百合子さんが「子どもが遊び飽きたらお茶でも飲みに来なさい」と誘ってくれたのを幸いに、遠慮なくお邪魔することした。一緒に中を見に行こうと約束していた鈴木さんを探したが今日は来ていない。
 ガラスブロックのエントランスを入るとムーヴィでみた受付窓口がある。中にいた男が会釈をよこした。
「えーと、百合子さんに」
「ああ、市原さん。6号室。いま呼んであげる」
 管理人はインタフォンのボタンを押すと「市原さん、お客さん。あんた名前は? ゆりさんというかただ。リビングにお通しておくよ」
 通されたリビングの壁に絵が掛かっている。見回すと各部屋の入り口ドアにもそれぞれ別々の絵が掛かっていた。タッチが似ているから同じ画家のものなのだろう。
「クレーとかいう人の絵だそうよ。私にはよくわかりませんけどね。お茶を入れるわね」
 部屋から出てきた百合子さんは、由梨に遠慮する暇も与えずに、キッチンに入っていく。本当はついて行って中を見たくてしょうがなかったが初対面では失礼だと思い我慢する。
 クレーの絵は抽象的というのだろうか、いろいろな色の幾何学模様が描かれている。よくわからないが、クレーハウスというのはこの絵からとった名前なのだということはわかった。
 お茶をいただきながら、話している間も、リビングを人が通ったり、腰かけて茶を飲みはじめたりする。
「こちらは隣の部屋の山田さん」
「あちらは清木さん所に来ているヘルパーさん」
「こちらは法田さんのお医者様の千葉先生と看護師の清田さん」
百合子が紹介してくれる。そのつど、由梨はペコペコと頭を下げる。
 百合子に小さな声で尋ねる。
「人間関係が面倒くさいとかないですか? 知らない人と一緒に住わけですし」
「面倒くさく感じたことは、他の方は知りませんけど私はないですよ。長く一緒に住んだ家族ではないので、自分の好きなことも嫌いなことも今やって欲しい事や、そうでないことも言葉にしないといけないのが面倒と言えば面倒でしょうけれど、それも最初のうちだけだし。知らない人って言っても初対面の時だけでしょう。それに、ここだけではなく、シェアハウスっていう場所は、新しい人が来ると歓迎会をするのが習わしみたいでここも同じ。引っ越しの手伝いやらその後の食事で、お互いなんとなくわかるから」
「ま、こちらの山田さんなんかは、口うるさいばばぁと思っているでしょうけど、ねぇ」
「ああそうだな、ばーさん」
 笑いながら山田は言い返す。
「まぁ、こっちはなんて口の汚いおっさんだと思っているんですから、お互いさま」
 そういうと百合子はころころと笑う。
「でも良いこともあるわよね」 
「ああ、ばーさんは粥がうまい。長谷川は缶コーヒーおごってくれるし、2号室の木村はDVDを貸してくれる」
「百合子さん、お粥作ってさしあげるんですか」
「ひとのことばーさん呼ばわりする人にだれが作るもんですか。山田さんの所にお手伝いに入っている方に教えて差し上げただけ。だって、明日私はもうこの世にいないあもしれなんですから。次に期待されても困るでしょう」
 たしかに90近い年齢を考えれば当然だが、そうですとも言えないと由梨が困っていると、「だからわたしもほかのかたになにかお願いごとをするときには、仲介を頼むだけにしているの。主治医に電話して、管理人さんを呼んでとかね。そうしないと、住んでいる人同士で依存関係が生まれるし、そうなれば、あいつは言うこと聞かないとか、裏切ったとか、えこひいきするとかなりますからね」
「百合子さんはご自分に厳しいんですね」
「そんなごたいそうなことではなく、一人で暮らすときの憲法第一条ってところ」
「わたしには無理かも。ほかにも共同生活のルールもあるんですよねぇ」
「ルールは、共用部分は清潔に使うこと。使ったら、使う前の原状回復をすることだけかしら。トイレ、キッチン、浴室シャワールームだけ。3回繰り返すと問答無用で退去がルール。契約の時に確認されますから、自信がなければ辞退するし、入居者の介助をされるかたも自分たちの支援だけではその辺が十分にはサポートできないと判断されると入居を引き留めるみたい」
「住む人はどうやって募集しているんですか。百合子さんはどうやってここに」
「地元自治体の社会福祉関係のかたや、ヘルパーさんやお医者様のご紹介。だから、ある意味、身元は保証されているのね。わたしは、最初はここの3階に住んでいたの。娘夫婦に呼び寄せられて田舎からでてきて。その後、娘婿が転勤になった時にこちらの大学に通っていた孫二人と私がこの2階に移ったわけ。そして、孫たちも学校を卒業して街を離れたので、1階に」
「へぇー」
「よね」
「三世代で住み続けているわけですね」
「田舎から出てくるときに家も売ってしまったから帰るところはないし、娘たちの痕を追いかけるのも哀しいじゃない」
「ほかにも上から下に移ってきたかたはいらっしゃるんですか」
「何年か前にはもう一人いました。2階と3階の行き来はおまでも時々あるみたいですけど」
「そうなんですか!」
「そういえば、2階に姪っ子夫婦がいるわよ。子どもが大きくなったら3階に移るかもねぇ。今度、紹介するわね」
 山田も交え暮らし心地について話しているところへ若者が顔を見せた。二十歳そこそこだろうか。
「こちら大学生の長谷川さん」
「ども」
「これから学校ね。行ってらっしゃい」
「うっす」
「若いかたも住んでいるんですね」
「いつも一人はね。彼らは家賃がないの。でも、部屋は私たちより狭い。夜間の警備員というか、緊急連絡係みたいなものらしくて、オーナーさんの知り合いの大学から紹介されてくるみたい。いまの長谷川さんは写真の学校に通っているの。私こないだ遺影を撮ってもらっちゃった。見せてあげる」
 部屋に戻った百合子に変わって山田さんが話しかけてきた。
「長谷川の前は去年までは外国人だったんだ。留学生でね、最初は戸惑っていたけれど、すぐに慣れてね。卒業して帰国するときのお別れパーティでは本人もみんなも大泣き。いまでも時々ビデオメッセージをよこすんだ。これ、アウグストスっていう奴。国はソマリアだったかなぁ」
 山田さんがかざしてくれた画面には白い目と歯しか写っていない。
「また、でっかいんだよ。2メートル近いの」
 部屋から百合子が持ってきた写真の中で百合子は、艶やかなカサブランカを抱え微笑んでいた。
「すてき。遺影にはもったいですよ」
「でも、いまさら見合いでもないでしょ」
 暇を告げると、百合子は「部屋は狭いし、散らかっているから」と、入口から少しだけ室内をのぞかせてくれた。
「すてきなおへやです」
「すてきもおできもないけど、不自由はないはね。とにかく、オーナーさんが“他人の手を借りやすい住空間を目指した”とご自慢なさるだけあって、キッチンもトイレも風呂も、自分以外のもう一人、もしくは二人が横にいるということをイメージして作られているみたい」
「今日はほんとうにありがとうございました。お茶をごちそうになったばかりか、なかも案内していただいてうれしかったです。公園のママ友に自慢できます。実は私も3階にエントリーしたんです。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。私が生きている間にご一緒になるとうれしいわねぇ。たけるちゃん、おばぁちゃん頑張って長生きして待っているわよ」
       *
ところがそうはならなかった。
 百合子にお茶をごちそうになってから2日後のお昼前、たけると公園で遊んでいると、ねどこやから車いすの山田さんが出てきた。
 膝の上のたけるの手を振りながら「こんにちはぁー」と声をかけた由梨に「百合子さんが今朝亡くなった。明日葬式だ」とだけ言う。
 驚いてしまいやっとのことで「どこで?」と聞き返すと、「ねどこやだ。」そう言って山田さんは戻っていった。
 翌日、たけるを実家の母に来てもらって預け、ねどこやに向かった。
 二度目に会うのが本人の葬式だというためらいと、信じられない気持ちを半々に抱えながらエントランスに足を踏み入れる。かすかな線香のにおいと、誰かが泣いている、それも半端ない号泣が響いてきた。
 リビングで由梨は、長谷川の撮った百合子の遺影に迎えられた。
「百合子さん……」
 百合子さんの棺は写真の前におかれ、周りを写真と同じカサブランカが飾っている。お坊さんが着て読経するわけでもなく、百合子さんの棺と黒い服が多いこと以外は二日前と変わらないリビングのあちこちで、家族と入居者、関係者が座って静かに話している。小さな子供を抱いているのは百合子さんが2階にいるといった姪っ子さんだろうか。
 由梨は写真に手を合わせて山田の隣に座る。
 リビングに入ってからも号泣は続いていたが、妙に狭いところから響いてくるので不思議に思っていたが、ものすごい号泣は山田の手の中から聞こえてくる。
「マァーミィー! マァーミィー! うわぁぁぁ!」
 山田が突き出して見せたスマホの画面には、アウグストスとかいう人がいた。ただし今日は、目は真っ赤、口を開けて大泣きしているので口も真っ赤だ。
 身長が2メートルと聞いていた男がものすごく狭いところで号泣しているのが妙におかしくて、百合子さんには悪いが、笑いをこらえるのがつらい。
「こいつさぁ、来月、嫁さんつれて百合子さんに会いに来るって言ってたんだ。百合子さんもそりゃあ楽しみにしててさ、自分の着物を仕立て直してプレゼントするんだって張り切ってた」
「お部屋で亡くなられたんですか」
「あぁ。いつもはだれよりも早く起きて茶を飲んでいるのに、昨日は姿が見えないから、俺が“おい、ばーさん、くたばったか”って部屋をのぞいたら本当にくたばっててよぉー」
 ついに山田も泣き出した。
 アウグストスさんにしても、山田さんにしても、悲しいのはよくわかるが、泣きっぷりや表現が喜劇的大げさすぎて、泣くほどの間柄でもなかった由梨は、どんな顔をしてよいものやら、落ち着かない。
 頃合いを見て退室しようと、席を立った。親族らしき方々に向かって一礼し帰ろうとすると、子どもを抱いていた女性に声を掛けられた。
「もしかして、たける君のお母さまの由梨さんですか」
 由梨がうなずくと、待つように言い残し、百合子さんの部屋へ飛び込んでいく。
「これ、百合子おばさんがたける君に用意していたみたいなので、供養と思って受け取っていただけると嬉しいです」
 小ぶりな箱包みを渡された。
 包み紙の上には「たける君へ 百合子より」と書いたメモが貼ってある。
 押し問答するような場ではないので、素直に受け取り退室した。
 帰宅し、母からたけるを受け取り、「これ、百合子おばさんがたけるにってくれたんだよ。なんだろうねぇ、おもちゃかなぁ」と言いながら、包みを開けた。
 出てきたのは建築模型であった。[クレーハウス1/150 2016] と書いてある。最後の数字は模型が作られた年だろうか。いまが、2043だから27年前。
 素敵だと思ったが、なんで? と思ったし、百合子さんには悪いが、ちょっと邪魔とも感じた。
 夜、帰宅した連れ合いの秀太に、建築模型をいただいたこと、意味が分からないから「明日、返しに行こうかと思う」と話した。
「ま、由梨がそう思うならそうすれば。へぇ、これがあの丸太小屋か? こういうのってさ、屋根が取れたり、壁が取れたりして、中が覗けることも……」
 そういうと、秀太は指であちこちをちょいちょいと突いている。返す前に壊しやしないかと由梨がハラハラしていると「おっ! ほらね」というと、クレーハウスに立てかけてあった丸太部分がそっくり外れた。いまではその方向からは見えない室内が現れた。同じ縮尺の家具もあるし、人形もペットのフィギュアもある。
 秀太は「ということは……」というと、今度は屋根を外し、次に3階部分を、そして2階を外した。
 1階のつくりがむき出しになる。
 上から見るのも紹介ムーヴィとはまた違って面白い。家だから鳥とまではいかないが、ハエの気分だろうか。
 一階はとくに凝った作りになっている。入浴中の人は驚いてタオルで体を隠しているようだし、トイレにいた人は怒ってこぶしを振り上げている。キッチンの人はつまみ食いをしている。管理人は顔に雑誌を載せて昼寝だ。
 百合子さんの部屋を探す。
 ベッドに女性が腰かけている。女性が見ている壁にカレンダーが掛かっている。いまと同じ7月。その30日(木曜日)をはなまるが囲んでいる。何か書いてあるが小さくて読めない。スマホで接写して拡大してようやく読めた。
 
 たけるくん入居
 楽しみに、待ってるね

(完)[2020.07.31.]

最後までお読みいただきありがとうございます。お気に召しましたら嬉しいです。
ここ何回かの作り話で、400字20枚程度の起承転結のある文章がまだ書けるのだなぁ、と少しだけ嬉しく思っております。長ければいいというわけではありませんが、年齢とともに生来の飽きっぽさに磨きが掛かってきておりますし、集中力の持続時間も年年歳歳短くなってきておりましたから。
ではまたお目にかかれますように。

#シェアハウス #ログハウス #作り話 #バリアフリー #UD #クレー #物語 #妄想 #小説 #三部作


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?