【映画】「非常宣言」感想・レビュー・解説

これはエグい映画だったぁ。「残虐なシーンがある」みたいな意味じゃない。「凄い」では言い表せないぐらいとんでもない映画だった、ということだ。「泣けたから良い映画だ」なんて言うつもりはまったくないのだが、こんなに号泣した映画は久々だ。
 
とにかく最初から最後まで、「よくもまあこんな設定の物語を成立させたものだ」と感心させられっぱなしだった。なにせ、映画の設定を聞いただけで、「それ、もうゲームオーバーじゃん」と言いたくなるようなものなのだ。というわけで先にざっと内容を紹介しておこう。
 
物語は空港から始まる。ある飛行機に登場する予定だろう幾人かの面々に焦点が当てられる。1人は、「乗客が多い便はどれだ?」とカウンターの女性に質問している。明らかに違和感を覚える質問に、女性は明確な回答を控える。チェックインカウンターに並ぶ男性は、アトピーを患う少女と2人。少女がトイレに1人で行くと、そこで不穏な動きを目にすることになる。女性は免税店で夫と電話をしている。元々一緒に旅行に行く予定だったが、刑事である夫は仕事で行けず、妻だけが旅行に出かけることになったのだ。
乗客が全員乗り、飛行機は離陸する。その後、不穏な男が機内のトイレに籠もり、自身の脇に埋め込んでいたものを喘息用の吸引器に入れ、トイレ内に散布した。
ウイルスだ。男は自作したウイルスを機内に持ち込み、バイオテロを起こしたのだ。
その前日、男はネットで犯行を予告する動画をアップしていた。出勤した刑事は、「小学生からの通報で、ネットでテロ予告をしている人が近所のおじさんだと言っている」と連絡をもらう。刑事は、妻が飛行機に乗ることもあり、どうせイタズラだろうという周囲の声を無視して、その小学生に話を聞くことにした。
その後、いくつかに展開があり、機内でテロが発覚するよりも前に、「リュ・ジンソクという男がウイルスを培養したこと」「リュ・ジンソクが既に飛行機に乗って飛び立ったこと」が明らかとなる。刑事は、その機体に妻が乗っていることを知る。彼の脳裏に、男の部屋で見つかったビデオテープの映像が蘇る。男が培養しただろうウイルスに感染させられたマウスが、血を吐いて死んでいく動画だ。
一刻も早くなんとかしなければ。
その頃機内では、突然出血して倒れ、そのまま亡くなる男性が現れ……。
というような話です。
 
この物語の何が凄いって、「飛行機の中でバイオテロを起こされたら、もはや解決しようがない」という点にあるだろう。飛行機は「空飛ぶ密室」であり、外部から何か出来はしない。しかも機内で蔓延しているのは、潜伏期間が短く、致死率が非常に高いウイルスだ。しかもそれを作ったのは個人。コロナウイルスの蔓延で多くの人が知識を得たと思うが、ウイルスには様々な型や変異があり、ワクチンや治療薬もそれに対応するものである必要がある。個人が作ったウイルスへの対処など、普通は出来るはずがない。
 
つまりこの映画は、「設定の段階で『もはやどうにもならない』ことが確定している」と言えるのだ。なかなかそんな物語ないだろう。
 
実際に機内でバイオテロが起こるところまではもちろん想像通りだが、しかし、そこから一体どう展開させるつもりなのか、まったく分からなかった。地上では、国土交通省大臣も出張って緊急の対策会議が開かれるが、まともな手段を講じられる者がいない。それはそうだろう。打てる手など、ほとんどない。
 
飛行機、というのが、難易度を高めると言っていいだろう。例えばコロナウイルスが広まった初期、豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」での感染が発覚し、世界的に報じられた。しかし、飛行機と比べるのなら、まだ船の方がマシだと言える。恐らくだが、燃料の補給程度のことなら出来たはずだし、操縦する者がいなくなったら墜落するなんてこともない。飛行機の場合は、よほどのことがない限り「最初に積んだ燃料」の範囲内でしか飛べないし、機長らが操縦不能な状態に陥れば、代わりはいない。飛んでいる間は、食料や薬などを含めたありとあらゆるものを機内に届ける手段がないのだから、「あるもの」でどうにか対処するしかない。
 
しかも港と違って、空港は基本的に内陸にあるため、「バイオテロが行われた飛行機を着陸させた場合、その周辺がどうなるか誰にも分からない」という問題がある。船なら海に停泊すればいいが(それでも大変だが)、飛行機は飛び続けられない。どこかで必ず「着陸」しなければならないのだ。
 
そしてこの映画の最大の焦点は、まさにこの点に集約される。
 
スカイコリア501便の当初の目的地はホノルルだった。つまりアメリカだ。バイオテロの情報が入ってから、韓国政府はアメリカと交渉を続けるが、難航する。それはそうだろう。「ダイヤモンド・プリンセス号」でも同じような状況だったと思う。各国とも、自国民の安全のために、スカイコリア501便をどうしても受け入れたくないのである。
 
これ以上の展開については具体的には触れないが、とにかく「着陸」が最大の争点となる。そしてとにかく、そのドラマが凄まじかった。実際に飛行機でバイオテロが起こったら、きっとこんな感じの展開になるのだろうというリアリティを感じさせられたし、その中で色んな人間が「壮絶すぎる決断」を繰り広げる。ホントはネタバレしてその凄まじさを伝えたいところだが、止めておこう。この辺りの「壮絶すぎる決断」の場面では、ボロボロ泣いてしまった。
 
この映画を観て初めて知ったが、映画のタイトルになっている「非常宣言」は、実際の航空用語なのだそうだ。映画が始まる前、その説明が字幕で表示されるのだけど、公式HPにも同じ文章が載っていたので引用しよう。
 
【飛行機が危機に直面し、通常の飛行が困難になったとき、パイロットが不時着を要請すること。“これ”が布告された航空機には優先権が与えられ他のどの航空機より先に着陸でき、いかなる命令を排除できるため、航空運行における戒厳令の布告に値する。】
 
この説明がきちんとなされるのも、この映画においては非常に重要だ。具体的には触れないが、もちろん映画の中では「非常宣言」が布告される。そこからの展開も、とにかく凄まじいとしか言いようがない。
 
さて、映画は単にパニックや対処が描かれるわけではなく、人間ドラマもある。この人間ドラマについても、ここで触れるべきではないだろうある要素が絡んでいるので具体的には触れないが、「『ある事柄について何千回も考えた』という悔恨を抱える男」と、「『正しい決断だった』と分かっていながらも感情を抑えられない男」の物語がとても良かった。
 
この映画においては、「機内のパニックを描くこと」はメインではないため、乗客たちの描写は、同種の映画と比べればかなり少ないだろう。ただ、ピンポイントで印象的な場面を描いて、「極限状況に陥った人々の苦悩や葛藤」を描いている辺りはとても上手いと感じた。特に、「分かりやすい、ステレオタイプ的なおじさん」を配置して、その人物を中心に機内の人間関係を描くという構成は、かなり分かりやすいと思う。
 
というわけで、あらゆる点でとにかく素晴らしい映画だと思ったのだが、1点、「作中に出てくる日本語のセリフが明らかに下手過ぎる」のだけが残念だった。何故日本語が出てくるかは、まあ是非映画を観てくれって感じなのだが、恐らく「日本語ネイティブ」ではない人がセリフを担当しているのだと思う。せめて日本で公開するやつぐらい、「日本語ネイティブ」で吹き替えてくれたらなぁ、と思ってしまった。何もかもが素晴らしかっただけに、そこだけはちょっと残念だった。
 
物語を面白くするために、ありとあらゆる要素を詰め込んだため、「そんな偶然あるかよ」的な設定・展開にもなるのだけど、そんなことは気にならないぐらい物語が面白かった。最後までまったく飽きずに観れてしまった。そして、この映画の設定は「リアルに起こり得る」ものだと思うので、そうなったら本当にどうなるんだろうとも思った。なにせ日本は「地下鉄サリン事件」が起こった国だ。セキュリティに大きな差があるとは言え、「そんなこと起こるはずがない」などとは言えないだろう。
 

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