【映画】「グッドバイ、バッドマガジンズ」感想・レビュー・解説

これは良い映画だったなぁ。冒頭で「実話を基にしている」って表記されるまで、実話が基になっていることを知らなかったけど、仮に実話じゃなかったとしても、全然映画として好きだなって感じの作品だった。

普段あんまりこういうことは書かないんだけど、この映画に関しては、主人公・森詩織役を演じてた杏花が絶妙に良かった。「ザ・サブカル女子」みたいな見た目が作品にドンピシャだし、笑っている顔も不機嫌な顔もどっちもとてもよく馴染む。役柄的にも実際に「サブカル雑誌が好きな女子」なんだけど、配属されたエロ雑誌の編集部で半年揉まれた後、「10年ぐらいここにいます」みたいな雰囲気を出す感じに変貌するのだけど、その雰囲気もメチャクチャ合っている。

大体こういう綺麗な顔の女優さんの場合、「その環境に、その見た目の人いたら、浮きまくるよなぁ」みたいになっちゃうんだけど、彼女の場合全然そんな感じがない。凄く美人な方だと思うけど、「猥雑で乱雑で吹き溜まりみたいな環境」にも、何故かスポッとハマってしまう。

「普通に考えたら、こんな女性がエロ雑誌の編集部にいることに違和感を覚えてもおかしくない気がするのに、その違和感を抱かせない絶妙な風貌・佇まい・存在感」が、この映画を見事に成立させているなぁ、という気がした。

あと、もう1つ良かった点は、映画の中で、「若い女性がエロ雑誌の編集部に配属されること」がまったく特別視されないこと。僕の記憶では、一箇所だけ、早く帰る(と言っても残業してるけど)という杏花に「なに、デート?」みたいなことをいう男性が描かれるシーンがあるが、本当にそこぐらいだった。

これは僕の偏見が全開でしかないって話なんだけど、やっぱりなんとなく「『エロ雑誌の編集部』が舞台となる映画」に対して、「セクハラ的なノリの描写とかバンバンあるんだろうなぁ」と思っていたのだ。まあ、実際にはそういうことはあったけど映画では描かなかっただけかもしれない。しかし、この映画のような描き方は、なんとなく「凄くリアルだ」と感じもした。何故そう感じたのか上手くは説明できないけど、1つには、「誰もがあまりに疲れすぎていて、『感情を発露する』ことを放棄してしまう」みたいな展開になっていくからかもしれないと思ったりもする。

森詩織の物語、2018年1月に始まる。大学のミステリ研で一緒だった先輩のツテみたいな形で、普段新卒採用をしない出版社の採用試験を受けることになったのだ。そこは、森詩織が大好きなサブカル雑誌「GARU」を出版している。しかし採用は、「GARU」を作る一局ではなく、エロ雑誌を作る三局である。詩織も、そのことは理解していた。面接の場には、三局唯一の女性である澤木も同席しており、「エロ雑誌が作れる編集者になれたら、どんな本でも作れるようになる」と詩織に声を掛ける。

そんな風にして物語が始まっていくのだが、物語のポイントは「2018年」である。映画の最初に、こんな表記がされる。

【2018年、男性向け成人雑誌が死にゆく中で起こった実話に基づく物語である】

そしてその後、物語が始まるのだが、唐突に「外国人ユーチューバー」が登場し、海外の人向けに「日本の成人雑誌」を紹介する、という動画が始まる。その中で、何故「2018年」が重要なのか、端的に説明されるのだ。

2013年に東京オリンピックが決まったことで、「コンビニに成人雑誌が置いてあるのはいいのか?」という議論が巻き起こる。この映画には、「日本が世界に隠したかった、偉大なる、文化」というキャッチフレーズがあるのだが、まさにそれはこの「東京オリンピック」をきっかけにした騒動を指しているのだろう。オリンピックを機に、外国人がたくさん日本にやってくる。その時、コンビニに「エロ雑誌」なんかが置かれていていいのか? というわけだ。

この議論を受けて、大手コンビニの中で「ミニストップ」が先陣を切った。2018年1月に、成人雑誌を置かないと決めたのだ。その後コンビニ各社が追随し、2019年9月末には、大手コンビニから成人雑誌が消えたのである。物語は、まさにそんな「コンビニから成人雑誌が消えていく過程」と同時進行で描かれていくのだ。

だから、会社もなかなか大変だ。会社全体で順調なのは二局のBLぐらいで、一局の「GARU」は廃刊、三局のエロ雑誌は徐々に衰退という流れである。さらに映画の中では、三局に次々と色んな問題が起こる。そしてその中で、編集部員の「感情」がどんどんと死んでいくのだ。本来であれば「驚愕」という反応を示してもいいような状況にも、「心ここにあらず」みたいな反応しか返せなくなる。そういう人々の姿が描かれていく。

だから、「若い女性と一緒にエロ雑誌を作っている」みたいなことに強い反応が示されなくても、それはとても自然であることに感じられたのかもしれない。

映画の中で描かれる核となる部分は、「仕事ってなんだっけ?」と「セックスってなんだっけ?」である。このバランスが結構良く、その点も映画の良さに繋がっているように思う。

エロ雑誌の編集部員たちは、全員ではないかもしれないが、その多くが「良いモノを作りたい」という気持ちを抱いている。主人公の森詩織は、それをサブカル雑誌で実現したかったわけだが、他の面々も彼らなりに、「会社とかお金とか営業とかそういうの全部無視して『面白いモノ』を作りてぇよなぁ」という熱い気持ちを抱いている。

しかし、現実はなかなか難しい。最終的にはシンプルに、「売れなきゃモノは作れない」からだ。

この辺りのことは、僕も書店員時代によく考えた。僕は「作る側」ではなく「売る側」に過ぎなかったが、やはり、「こんなものが売れちゃうんだなぁ」と感じる機会が多くて、げんなりすることも多かった。もちろん、人それぞれ「何を『良い』と感じるか」は違って当然だし、僕が「良い」と感じるモノが売れないからと言って、そこに文句を言うつもりはまったくない。ただ、「そんなのが売れるのかよ」という現実には抵抗したいと思っていた。

買う前に機能がある程度分かる電化製品や、「試食」も可能な料理などとは違い、本や映画などは「良さを知ってからお金を払う」ということがなかなか難しい。良し悪しは人によって受け取り方が変わるから、レビューを参考にしたところで必ず「当たり」を引けるわけでもない。だからこそ、「良いモノでもあっても売れない」とか「良くないモノでも売れちゃう」みたいなことが起こりがちだ。

しかしエロ雑誌の編集部員たちは、さらに辛い状況に置かれていた。ある場面である人物が、「試し読み防止テープさえなけりゃ、中身で勝負できたんだけどなぁ」と愚痴るシーンがある。彼もまた、「良いモノを届けたい」という気持ちで仕事をしていたというわけだ。

詩織にしても、当初望んでいた世界とはまったく違っていたにせよ、「読者の求める『エロい』を自分たちは届けるべきだ」という使命感みたいなものを随所に感じさせるし、そういう「働く者たちの情熱の結晶」として「エロ雑誌」が出来上がっていたんだよなぁ、ということが、なんとなく少し感動的でもあった。

映画の中に、「セックスってなんだっけ?」というテーマが組み込まれているのは、ちょっと意外だった。そういう方向に展開するような物語だとは思っていなかったからだ。

詩織は、入社して1ヶ月でページを少し任されるのだが、「男が『エロい』と感じる文章」を書くのに苦戦する。澤木から「お前が何に感じるかってことだよ」みたいに言われるのだが、なかなかピンと来ない。その後、元AV女優でライターのハル先生と関わるようになり、「人は何故セックスをするのか?」みたいなタイトルの連載を始めてもらったりもする。

「セックスってなんだっけ?」みたいなテーマは、作中で決して多く描かれるわけではないが、結果としてその疑問が詩織の行動や決断のきっかけや転換点になることもあり、決して唐突ではない感じで組み込まれているのもいい。また、「人は何故セックスをするのか?」みたいな疑問って、普通だったら「何アホみたいなこと考えてるんだか」みたいに扱われがちだと思うが、「エロ雑誌の編集部で働いている」という詩織のバックグラウンドが、その違和感を完全に消し去っている。だから、「今日何食べるか?」と同じぐらいの自然さえ、「人は何故セックスをするのか?」という疑問が存在している感じがあって、そういう雰囲気も良かったなと思う。

そして、その「セックスってなんだっけ?」というテーマの帰結として、まさかあんな展開になるのか、ってのが驚きだった。映画の最後に、「実話を基にしているが、一部脚色もある」と表記された。どこが「脚色」なのか分からないが、あの「狂気のシーン」はどっちなんだろう。個人的には、実話であってほしいなと思う。

「完全自主制作映画」であるため、大手映画会社が作れない「忖度無し」の映画に仕上がっているそうだ。確かに、扱っているテーマがテーマである以上、普通なら「セブンイレブン」みたいな企業名もちょっと変えて作中に出したりしそうな気がする。この映画では、そういうのは一切ない。業界のことをさほど知らない人間でも「攻めてるな」と感じる作品だが、業界の内実を知っているとよりそう感じるのかもしれない。

あと、どうでもいいが、映画の中で詩織が「だもんで」と使う場面がある。静岡出身である僕は機敏に反応してしまった。僕はあんまり使わないが、やっぱり静岡と言えば「だもんで」なんだなぁ。

良い映画だった。繰り返しになるが、とにかく杏花が非常に良かった。

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