【映画】「THE MOLE」感想・レビュー・解説

まったくなんというか、とんでもねぇドキュメンタリー映画が存在するもんだな、と思った。今までも、『娘は戦場で生まれた』とか『東京クルド』など、衝撃を受けるドキュメンタリー映画に出会ってきたが、この『TH MOLE』も、その凄まじさに慄かされるような映画だった。

この映画の予告を観た時点で、「どうやったらこんな映画が成立し得るんだろうか」と思っていたが、とにかくひたすらに「とんでもないこと」を10年間やり続けたという、信じがたい映画だ。

そしてこの映画は、日本人ほど観た方がいいかもしれない。日本にいると見えてこない、「北朝鮮」を巡るまったく違う姿を知ることができるからだ。


この映画では、「北朝鮮が覚せい剤や武器の製造に関与していること」を動かぬ証拠とともに暴きだし、さらに平和的な組織として知られる「KFA(北朝鮮親善協会)」のトップがそれに関与しているという事実を明らかにする。

専門家すら把握していなかった「北朝鮮製造の兵器の価格表」を国外に持ち出し、スラム街の廃墟の地下に唐突に現れる秘密の高級レストランでの「契約」の様子を隠しカメラではなく当たり前のようにカメラに収める。

もう、衝撃的としか言いようがない映像のオンパレードだ。僕はこれまで、特段「北朝鮮」という国に強い関心を持って情報収集をしたことはないのだが、『私は金正男を殺していない』や『トゥルーノース』などの映画を観たことはあるし、テレビや本などでもそれなりに北朝鮮関係の情報に触れてはいる。

しかしこの映画は、僕がこれまでに触れた北朝鮮に関する全情報をあっさり凌駕する、最初から最後まで衝撃映像ばかりで構成された、超絶ドキュメンタリー映画だった。

驚いた。

しかも何に驚いたって、これほどの諜報活動を成し遂げた人物だ。デンマーク人の元料理人のウルリクという男だ。

彼は、CIAなどの諜報組織に属していたこともなく、軍属などの経験もない、ただの平凡な一般人だ。料理人として働いていたが、慢性疾患によって働けなくなり、福祉の元で生活していると映画では紹介されていた。

そんな人物が、長い時間を掛けて北朝鮮との信頼関係を作り、途中から参加した「石油王役を頼んだ元外人部隊の男」と2人で、北朝鮮の実態を暴き出していくのだ。

衝撃的過ぎて何を書けばいいかも分からなくなってくる作品だが、とりあえずまず、ウルリクが北朝鮮に関心を抱くようになったきっかけと、ウルリクがこの映画の監督と関わりを持った経緯辺りから説明していこう。

まず先に書いておくべきなのは、ウルリクは「ドキュメンタリー映画の構想が先にあり、その出演者として白羽の矢が立った人物」ではない。ウルリクの方から監督に「あなたが北朝鮮に行けないなら自分が行きましょうか?」と提案したのだ。

ブリュガー監督はかつて「ザ・レッド・チャペル」という北朝鮮に関する映画を撮ったことがある。その際に北朝鮮にも訪問したのだが、映画公開によって北朝鮮を激怒させることとなり、二度と北朝鮮に入国できなくなってしまった。

そんな状況を知っていたウルリクが、自分が北朝鮮に行くと申し出たのだ。

ではウルリクは何故北朝鮮に関心を持ったのか?

はっきりとした理由は語られないが、映画では「ウルリクの14歳の誕生日」の出来事が紹介される。この誕生会には、東ドイツ出身の子供も参加していて、その際に「一党独裁体制の怖さ」を知ったという。そして、地球上で最大の一党独裁体制国家である北朝鮮に興味を持った、ということだそうだ。

よく分からないが、映画ではこれ以上の理由は語られない。

ウルリクから突然メールをもらった監督は、しかしちょっとつれない返事をする。「国際情勢的に大きな出来事が起こったら興味を持つと思うよ」的な、可能性を残しつつとりあえず今はいいやという返事をしたのだ。

しかしウルリクは、そんな監督の返事など気にもせずに、自ら行動を起こす。

しかしそれにしても、元料理人の一般人が、どうやって北朝鮮の高官の信頼を得る人物にまでなれたのだろうか?

彼がまず潜入したのは、「デンマーク北朝鮮友好協会」という団体だ。日本人からすると不思議に感じられるが、どうやら世界には「北朝鮮に友好を感じる人達」が存在するそうで、この団体もその1つだ。デンマークのこの協会には「北朝鮮を愛するデンマークの高齢者の異常な姿」が見られるわけだが、ウルリクはこの協会に入り込み、「協会の活動をPRするため」という名目でその活動をビデオカメラに収めていく。

彼らは北朝鮮にも観光旅行へと向かい、そこでウルリクは、後に深く関わることになる文化省の役人であるカンという人物に出会う。

驚かされるのは、観光旅行中にもウルリクは北朝鮮国内で普通にビデオカメラを回していることだ。彼はしばらくして、北朝鮮への貢献からメダルを授与されるのだが、その授与式の様子もカメラで撮っている。

さてその後ウルリクは、あるスペイン人と出会うことになる。彼との出会いが非常に大きなものとなり、最終的にこのドキュメンタリー映画の方向性が決することになる。

その人物とは、KFAのトップであるアレハンドロ・カオ・デ・ベノスだ。KFAは世界30カ国に会員を有し、「北朝鮮文化を広める」という名目で活動する平和的な協会だと思われている。その規模は「デンマーク北朝鮮友好協会」とは比べ物にならない。

そしてウルリクはアレハンドロに気に入られ、KFAのデンマーク支部を作りその代表をやるように言われる。もちろんウルリクは二つ返事で引き受ける。

ここでウルリクは、プロのカメラマンもKFAに入会させ、ウルリクのアシスタントとして同行させることにした。以後、隠しカメラではない映像は概ね、このカメラマンが撮影しているのだと思われる。

ウルリクは真面目にKFAの活動をこなし、スピード出世を果たしていくことになる。そしてアレハンドロからも絶大な信頼を得るようになっていく。

アレハンドロには思惑があったようだ。しばらくしてウルリクにもそれが分かってきた。どうやらアレハンドロは、北朝鮮に投資する投資家を探しているようで、ウルリクがそういう人物を見つけ出してくれるのではないかと期待しているようなのだ。

この時点では、最初こそつれない返事をしていた監督もウルリクの活動に深く関わるようになっており、ウルリクと監督は、ジムという元外人部隊の男を「北欧の石油王」に仕立て、アレハンドロの思惑をさらに探っていくことにする……。

という風に話は展開していく。

で、このアレハンドロに焦点を絞って以降の展開は、「マンガなのか?」と思うようなものだ。衝撃的すぎて、頭の片隅で常に「これは本当にドキュメンタリーなんだろうか?」とかんじ続けていたほどだ。その疑問に関しては、公式HPにこんな風に書かれている。

【ちなみに本作は、昨年秋に英国BBCと北欧のテレビ局、今年2月には「潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇」という題名でNHK-BSにて放送され、大きな反響を呼んだ。あまりにもショッキングな内容ゆえに「本当にドキュメンタリーなのか?」という声が各方面から上がったが、専門家による映像の鑑定を行ったブリュガー監督は100%ノンフィクションだと言明。すでに国連とEUも本作の告発に関心を示しており、今後新たな国際調査へと発展していく可能性もあるという。】

これでドキュメンタリーじゃなかったら、監督の人生は終わりだろう。まあ、ドキュメンタリーだと信じていいと思う。

この映画を観ていると、なんとなくは知っていた「北朝鮮の資金源」がより明確に理解できる。

アレハンドロがある場面で、こう豪語していた(これは、予告でも流れる場面)。

【北朝鮮は、いかなるルールも守る必要がない唯一の国】
【他の国ではできないことも何でもできる】

そしてその一例として、「カナダの製薬会社からある薬の製造を依頼されているが、その中身はほとんど覚醒剤と同じだ」という話もする。

本当にカナダの製薬会社が依頼しているのか、アレハンドロの作り話かは不明だが、仮に作り話だとしても、確かに北朝鮮ならそれができるだろうと思わせる話である。

つまり、世界中の国家や企業が、「自国では作れないヤバいもの」を北朝鮮に委託することによって収益を得ている、というわけだ。このことはもちろん、なんとなくは理解していたが、この映画であまりにリアルに描かれるその実態にはやはり驚かされる。

この「ビジネス」の話が出始めてからは、隠しカメラによる映像が多くなるが、しかしちゃんと「堂々と撮った映像」も出てくる。投資家役を演じるジム(役名はジェームズ)を北朝鮮に招いた際の映像には、北朝鮮の街並みやプールで遊ぶ子供たち、バイオリンやサックスで歓迎する様子など、普段絶対に見られない「北朝鮮の(裕福な人たちの)日常」が映し出されていて驚かされる。

さて、「ビジネス」の詳細はあまり書かないことにするが、ウルリクとジムのペアはどんどんと「契約」を進めていく。ウガンダのある島を500万ドルで購入する、その500万ドルにはその島に住む住民すべてを追い出す費用も含まれている、なんていう話も出てきて驚かされる。しかもその島の視察の際には、「病院を建てるために島の視察に来ている」と説明された住民は、彼らを歓待するのだ。2人としても心苦しかっただろう。

また途中で、実際に起こった「アメリカ人の大学生が、ホテルのポスターを剥がしただけで北朝鮮に拘束される」というニュース映像も挟み込まれる。最終的には、昏睡状態のままアメリカに帰国し、帰国から6日後に死亡した。

彼らも、もしスパイだとバレればただでは済まない。

そんな状況で、10年間にも渡り、しかも秘密の契約を行う危険な会合に隠しカメラを仕込んだ状態で臨んでいるのだ。とにかく、よく2人とも無事だったものだと思う。

ジムの方は、元外人部隊所属であり、麻薬密売で逮捕歴もある人物ということもあり、本人も言っていた通り「リスクらしいリスクは感じていなかった」だろう。外人部隊として百戦錬磨の経験があるだろうし、危険な状況を好んでいるようだ。

しかしウルリクの方は、危険な状況に自ら足を踏み入れている(しかもジムなんかよりも遥かに深く足を突っ込んでいる)が、ただの元料理人でしかない。監督は、あまりに危険だからと、元CIAの男(CIAを解雇されたようで、秘密がバレることはない)からスパイの手ほどきを教わる短期集中プログラムを用意したほどだ。

しかも、ジムの方はどうだったか映画の中では語られないが、ウルリクには妻も子供もいる。妻には「北朝鮮のスパイをしている」という話をしていなかったそうなので、どんな嘘をついていたのか謎すぎるが、既婚者がやるようなことではないだろう。

実際、映画の中で一度、「これは終わったのでは?」と感じさせる、マジでヤバい場面があった。もちろん、特に隠しカメラで映される場面は全部ヤバいのだが、その中でも「ウルリクがスパイであることがバレてしまうかもしれない」という危機的状況があった。本当に、よく切り抜けたものだと思う。

最終的に映画は、ウルリクがアレハンドロに対して「あなたのことをずっと騙していた」と画面越しに伝える場面で終わる。それを受けてアレハンドロがどうなったのかよく分からないが、悪いやつというのはなんだかんだで上手いことやっているのではないかと思う。しかしこれだけの壮大な諜報活動の発端になったのだから、北朝鮮から粛清のような形になっていたりするかもしれない。どうだろうか。

最後に。この映画全体の構成について触れておこう。ここで、アニー・マションという女性が登場する。彼女は「MI5」の元職員で、スパイ活動を終えた者から話を聞く仕事をずっと続けていた。彼女は、

【自分がしてきた体験を誰かに聞いてもらう機会が必要だ】

と話していた。スパイは、家族にも自分がしていることを話せないのだから、任務が終わったら存分に話してもらうようにするのだ、と。

そんな彼女が、ウルリク、ジム、そしてブリュガー監督の話を聞き出す、という形で映画は構成されていく。こういう構成の映画をあまり観たことはないし、また元MI5という経歴らしく質問が的確なアニーの聞き取り調査はなかなか良かった。素材が凄まじいのはもちろんだが、ドキュメンタリー映画全体としての構成も良かったと思う。

とにかく、凄まじいとしか言いようがない映画だ。


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