【映画】「あしたの少女」感想・レビュー・解説

映画を観ながら色んなことを考えさせられた。映画では「実話を基にした物語」などの表記はなかったが、公式HPには実際にあった事件を基に作られていると書かれている。まあ、映画の作り的にも、実話を基にしていることは明白だったが、やはりそうだったかと暗澹たる気分になった。これは、酷い。

やはり直近で言えば、「ビッグモーター」の問題を連想した。コールセンターと修理業と業種はまったく異なるが、やっている方向性は同じだ。

つまり、「顧客の利益を毀損してでも、企業の利益を上げる」というスタンスをはっきりと打ち出して企業活動を行っていることが、観客にも明確に伝わるのだ。

もちろん、それ自体も大きな問題だ。そりゃあ、利益のためには「善」だけではどうにもならないが、しかし、ビッグモーターも映画で描かれるコールセンターも、はっきりと「顧客の利益の毀損」に手を染めている。さすがにそれはアウトだろう。

しかし、この映画で描かれる問題は、そんなレベルのものではない。単に「ブラック企業の現実」を告発するような内容ではないのだ。

さて、この映画で描かれる状況を理解するために、まずはざっくりと、主人公キム・ソヒがどうしてコールセンターで働くことになったのかを説明しておこう。

高校の愛玩動物管理科に通うソヒは、担任の教師から実習先が指定された。それが、大手企業の下請けであるヒューマン&ネットであり、コールセンター業務を行っている。教師からは、「やっとウチの高校からも大手企業に人を送れる」「お前に期待しているぞ」と言われ、ソヒもOLになることに期待を胸に膨らませて初出勤日を迎える。チーム長であるイ・ジュノは丁寧に仕事を教えてくれたが、渡されたマニュアルが酷かった。とにかく、「解約を申し出る顧客に様々な理由をつけて、解約をさせない」ための手法が書かれたものだったのだ。ソヒは、自分のやっている仕事に嫌気が指しながらも、頑張って続ける。

しかし、給料も酷かった。教師から受け取った「現場実習契約書」に書かれている金額がもらえなかったのだ。そのことを指摘すると、チーム長は「現場実習契約書」とは別の勤労契約書(二重に契約書を交わすのは違法である)に「状況によって賃金が変わる」と書かれていると指摘。また、「解約阻止率などの実績によってインセンティブがもらえる」と聞いていたのだが、それも「実習生は、すぐに辞めないように1~2ヶ月先に支払うことになっている」と適当にあしらわれてしまう。そんなわけで彼女は、大人がやるのとまったく同じ仕事を低賃金でやらされているという状況にある。20時よりも前に帰れたことはほとんどない。

キム・ソヒはこのような状況にいた。この酷さが理解できるだろうか?

キム・ソヒは、単に「運悪くブラック企業で働かされた」というのではまったくないのだ。自身が通う高校の教師から「実習先」としてあてがわれたところで働いていたのであるそして、だからこそ余計に苦しい状況に置かれていたと言える。

何故なら「自分の意志で辞める」という選択肢がほぼ存在しないからだ。実習生は「学校の代表」として送り出される。自分がその会社を辞めることは、「学校のマイナス」として記録されることになる。そう考えて、辞めるに辞められないと考えるのだ。映画の中のある人物は、「実習先を辞めたいと学校に頼んでも辞めさせてくれなかったから、学校も辞めた」と言っていた。

日本の高校と比較して考えなくても、ちょっと尋常ではない状況だと言えるだろう。

彼女は「愛玩動物管理科」だったので、コールセンターでの「実習」というのは意味不明だと感じるだろう。教師は「実習も教育だ」と言うのだが、だったら愛玩動物の管理が出来るところに行かせるべきだろう。しかしそういう風にはならない。その理由については、映画の後半、女刑事が学校関係者に質問することで明らかになる。

「就職率が下がるから」である。

映画を観ていると理解できるようになるが、韓国の高校(小学校や中学校については映画を観ているだけでは分からない)は、「新入生入学率」と「実習生就職率」の2点「のみ」で評価されるのだという。この「評価」は、もちろん「翌年以降、我が子をどの学校に入れるか考えている親」からということもあるだろうが、もっと直接的な理由もある。教育庁からの補助金が、「新入生入学率」と「実習生就職率」によって決まっているのである。

つまり高校は、「新入生入学率」と「実習生就職率」を上げることでしか生き残っていけないのだ。そして映画では、「『実習生就職率』をいかに上げるか」という側面が描かれているというわけだ。

映画の中で女刑事は、「専攻に合った実習先を用意すべきだ」と教頭に迫るが、しかし教頭はそれに対し「それだと就職率が下がる」と答える。生徒たちは、自らの希望100%で専攻を選んでいるわけではないので、専攻に合った実習先を用意しても、そのまま就職に繋がることがないのだそうだ。だから、大手企業(の下請け)など、「実習生が定着しそうな職場」を探して実習先になってもらえるように頼むのだ。

企業側もこの状況を理解している。だから、ちょっと驚いたのが、キム・ソヒが働いていたコールセンターのチームはなんと「実習生しかいない」のだ。実習生のみでチームを作り、それを他のチーム(当然、社会人で構成されている)と競わせ、成績が悪いと叱咤するのだ。

なかなかにクソみたいな環境と言えるだろう。

さらにキム・ソヒが働くコールセンターは、全社員が650名ぐらいなのだが、その内の629名が去年退職し、617名を新たに採用したという。従業員のほとんどが入れ替わったというわけだ。本来であれば、実習先の選定に際して教師が起業を訪れ、労働環境などをチェックしなければならないとなっているのだが、キム・ソヒの担任は、相手が大企業(の下請け)だというだけの理由で細かな調査を行わず、そこに自分の生徒を送り込んでいるのである。

知れば知るほど、驚くべき実態としか言いようがない。ビッグモーターの事件にもなかなか驚かされたが、この映画が描く韓国の現実(舞台は2016年から2017年にかけてである)の方がより強い衝撃を受けた。

しかもこの事件(さっきから「事件」と書いているが、物語についてあまり詳しく触れないために一応その詳細には触れない)、起こった当時は韓国国内でほとんど話題にならなかったそうだ。まあ、そうなるのもむべなるかなという感じではある。背後で何が起こっていたのかを知らなければ、「事件」そのものはよくあること(と書くのもどうかと思うが)だし、企業も学校も教育庁も実態を知られたくないのだから事を荒立てないようにするだろう。実際には、ある人権活動家の行動によって事情がもう少し理解されるようになり、韓国でも少し報道されるようになったそうだ(この辺りのことは、公式HPに書かれた文章を基にしている。理由は不明だが、その文章を書いた人の名前の記載がない。誰が書いている文章なのか不明だ)。

ただ、不幸中の幸いというべきだろう、この映画『あしたの少女』のお陰で、現場実習性の保護を求める世論が高まり、通称「次のソヒ防止法」と呼ばれる改正案が国会を通過したそうだ。この映画の原題が「次のソヒ」であり、まさに映画のお陰で社会の仕組みが大きく変わるかもしれない、というわけだ。

さて、この辺りの知識を知った上で映画を観ると(僕は映画を観る時点では知らなかったが)、この映画のリアルさが一層強く理解できるだろうと思う。

さて、この映画を観て「韓国は酷いことをしているなー」と感じた方は、もう一歩踏み出した方がいいかもしれない。日本もほとんど同じようなことをしているのだ、と。相手は高校生ではなく、外国人労働者だが。

日本には、「外国人技能実習制度」と呼ばれるものがある。これは表向きは、「日本のノウハウを外国人労働者に学んでもらい、自国に持ち帰ってもらう国際協力」を目的としている。「海外への技能移転」のための仕組みというわけだ。

しかし実際には、「移民を受け入れない日本が、外国人労働者をこき使うための仕組み」として利用されているのが現実だ。この制度について詳しく書くのはこの記事では避けるが、「低賃金でキツい仕事をさせられる」「辞めたくても辞められない」など、この映画で描かれる「高校生の現場実習生」の状況とほとんど同じだと言っていいだろう。僕は「外国人技能実習制度」について何か知る度に恥ずかしい気持ちになるし、ホントに酷い仕組みを作るものだなと思う。だから、韓国で起こったこの事件について、「対岸の火事」のように他人事でいるのは難しいと感じる。

以前読んだ本に、「マルクスの『資本論』をベースに考えれば、資本主義社会にはブラック企業しか存在しない」みたいなことが書かれていて、なるほどと感じたことがある。なんの規制もなければ、「資本家」が「労働者」を限界までこき使って働かせるのが当然のシステムだというのだ。だからこそ、適切なルールとそれに従わせるための公正な機関が必要だ。

そうでなければ、「企業」はいかようにでも「化け物」へと変貌し続けてしまう。

内容に入ろうと思います。
近所のダンスクラブで「一番上手い」と褒められる高校生のキム・ソヒは、誰もいなくなった練習場で、自分のことをスマホで撮影しながら延々とダンスの練習を続けている。そんな彼女は、通っている高校で実習先が決まり、大手企業の下請けであるコールセンターで働くことになった。1つ上の先輩であり、工場で実習を行っているテジュンに「明日からOLになる」と嬉しい気持ちを伝え、期待してコールセンターへと向かった。
しかし、そこでの業務はかなり厳しいものだった。全国に5つあるチーム同士で成績が競わされ、同じチーム内でもランキングによって成績が示される。優秀とされるのは、「解約を希望する客の気をいかに思いとどまらせるか」である。手段は問わない。「高額な違約金が掛かる」「今ならこんなキャンペーンをやってます」など、解約手続きに入ると言いながら引き留めるための様々な文句を口にしては、ひたすら解約を阻止するのが仕事である。ソヒはこの業務になかなか馴染めず、チーム長から発破をかけられることも多かった。
担任の教師からは「絶対に辞めるな」と言われ、両親にも辛さを話せずにいる。仲の良い友人とも、仕事の疲れやイライラなどから険悪な雰囲気になってしまう。
そんなある日、ソヒはある衝撃的な出来事に直面する。そして結果としてその後、ソヒはチーム内でも抜群の成績を残すようになっていく。しかし、給料に関するゴタゴタでチーム長と揉め……。
そしてその後、女刑事が動き出す。
というような話です。

この映画は、是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』にも出演していたペ・ドゥナが主演なのだけど、とにかくペ・ドゥナが全然出てこない。前半、一瞬だけ登場する場面があるのだが、それ以降は後半になってからじゃないと登場しない。つまり、前後半でかなりくっきりと物語が分かれているというタイプの作品で、結構珍しいと言えるかもしれない。

あともう1つ特徴と言えるのが、「いろんな事柄がよく分からないまま終わる」という点だろう。僕はこの記事の冒頭で、「映画を観て、実話を基にした作品だと分かった」と書いたが、その理由はこの点にある。もしこの作品がフィクションだとしたら、作り手の想像力で埋めるべきだろうと感じる箇所がいくつもある。しかしこの映画では、それらは「分からないもの」としてはっきりさせずに終わる。恐らくだが、「可能な限り事実を描き、なるべくフィクションで隙間を埋めるようなことはしたくない」という作り手側の強い意思があったんじゃないかと思う。そしてだからこそ、この映画で描かれていることの「真実性」みたいなものがより強調されるようにも思う(ただ、公式HPによると、後半の女刑事視点の物語は監督による創作だそうだ)。

先程、「映画『あしたの少女』のお陰で世論が盛り上がり、改正案が国会を通過した」と書いたが、逆に言えば、この映画を撮影・制作している時点では社会状況に変化がなかったということだ。だから、女刑事のパートは、「何かスッキリとした解決がもたらされるようなもの」には仕上がっておらず、むしろ「現実の変化の無さや、そのことへの無力感」みたいなものが描かれていると言っていいと思う。

映画は138分というなかなかの長尺であり、だから仕方ないことは理解しているのだが、女刑事の背景がもう少し分かる方が良かった気がする。キム・ソヒについては「分からないことについては描かない」というスタンスでいいのだが、女刑事のパートは創作なのだが、もう少し背景が分かっても良かった。女刑事は、「元々事務職だったが、最近刑事課に移ってきた」「休暇明けである」「休暇の理由は、恐らく母親と関係がある」というようなことは示唆されるのだが、それ以上詳しく描かれない。彼女が何故、上司の反対を押し切ってまでこの事件を捜査し続けようとするのかという背景的な描写は、もうちょっとあっても良かったなぁ、と思う。

さて最後に。僕としてはホントに珍しいのだが、僕はペ・ドゥナの顔がメチャクチャ好きである。僕は女性を見ても、「この人の顔が好き」みたいな判断にはなかなかならないのだが(綺麗とか可愛いとか思うことはあっても、「顔が好き」とはなかなかならない)、ペ・ドゥナは見る度に「顔が好きだなぁ」と感じる。しかも、『ベイビー・ブローカー』の時もそうだったが、一切笑わず、なんならメチャクチャ疲れているような感じが凄くいい。ネットで、ペ・ドゥナが笑ってる顔の写真も見てみるけど、やっぱり、笑っていない顔の方が圧倒的に好きだなぁ、と思う。この映画も正直、ペ・ドゥナが出てるからという理由で観ようと判断したぐらいだ。

まあどうでも良い話だけど。

あと、映画の中で気になったのは、「高校生なのに、主人公たちが酒をガンガン飲んでる」こと。気になって調べてみると、韓国では19歳から酒を飲んでいいそうだ。ちなみに韓国は、少し前まで日本とは違う年齢の数え方だった。「生まれた年を1歳と数え、1月1日に歳を取る」という仕組みだ。例えば、12月31日に生まれた場合、翌日の1月1日には2歳になるということだ。この場合、日本で言う17歳ぐらいで酒を飲んでOKとなるので、高校生でも酒を飲んで大丈夫みたいな状況も生まれるのだろう。

しかし韓国は最近、「現在の年度から出生年度を引いた数字を年齢とする」という、日本と同じような年齢のカウントの仕方に変えた(K-POPのアイドルが2歳ぐらい若返る、みたいな形で日本でもニュースになった)。しかし、「酒が飲めるのは19歳から」というルールは変わらないらしいので、今後は留年した高校生でもない限り、高校生は酒が飲めないことになるだろう。

さて、最後はちょっと脱線したが、とにかく、韓国がいかに厳しい社会であるかが理解できるだろう。中国でも、大学の卒業写真に「死んだようなポーズ」で写ることが流行ったりした。「卒業しても、就職先がないから死んだ方がマシ」みたいな意味なのだそうだ。詳しくは知らないが、欧米も失業率はかなりものになっているだろう。日本はそういう国と比べると「温い」気もするが、ただ個人的には「競争を激しくしてひたすら成長を目指す」より、「成長は鈍くてもいいからより多くの人が平穏に働ける」ことの方が重要に感じられてしまう。給料が上がらないとか色々問題はあるかもしれないが、日本の「働く環境」は、まだマシなんじゃないかと思う。

ホント、仕事のことなんかで追い詰められたくない。

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