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おうちにフジを咲かせましょう

 ホームセンターでフジの鉢植えが売られていました。

 ことし(2024年)7月に出る新5000円札は裏の図案がフジの花なので、ここはひとつ縁起をかついで……と思いかけたけど、来年咲かせるのはむずかしいだろうな、そうなったら逆に縁起わるいかなとためらってしまいました。

 だって、あたくしの実家の庭にはフジが植わっているけど、何年たっても咲いたことがない。つるは立派に伸びるのだけど、咲きません。つらつら思い出すに、貧弱な花房が間違えたみたいについたことが1、2回あったかな、という程度。日当たりが悪いのか、場所が狭いのか……広い場所で藤棚をつくらないと咲かせられないのだろう、と思っていました。

 ところが、です。実はフジは鉢植えのほうが咲かせやすいのだそうです。フジは水が大好きで、地植えにするとどんどん根を伸ばして水を探し、木自体を大きくする方に力を集中する傾向があるけれど、鉢に植えて根の伸びを制限してしまうと、花をつける(繁殖する)ほうへと方針転換する。だから、鉢植えの方が咲きやすい、ということらしい。

 大きく美事な花房をつけるフジは、園芸植物のように見えるけど、日本在来の野生植物。現在の標準和名でいうフジ、学名Wisteria floribundaには、古い図鑑を見ると「のだふぢ」という和名が当てられています。日本在来のこの植物に学名をつけて世界に紹介したのはシーボルト、「のだふぢ」の和名を与えたのは牧野富太郎博士。「のだ」は現在の大阪市福島区にあたる地域の地名です。この地のフジとかかわり深く、「藤之宮」とも呼ばれる玉川春日神社の総代を代々務めてきた藤家の現当主・藤三郎氏の本『都会にフジを咲かせましょう』には、著者の父君が撮影された、牧野博士がフジの調査に訪れた時の写真が収められています。

玉川春日神社で「野田の藤」を調査する牧野富太郎博士。つい最近,1933年5月に撮影されたものと判明した。(藤 三郎所蔵 『都会にフジを咲かせましょう』より許可を得て転載)

 本書によれば、大阪湾に面した湿地帯のこの地域は、すでに鎌倉時代にはフジの名所として知られていたそうです。戦国時代の焼き討ちなどで衰退はしつつも、大正期までは花見客で賑わう地域だったこと、フジ自体もブランド価値を持ち、大名庭園に移植されたりしていたことも紹介されています。しかし、第二次大戦の戦災でほとんどが焼失し,「藤の都」の面影は失われてしまいます。

 昭和46年、この地が「のだふぢ」発祥の地であることが再発見され,復興活動が始まります。市民団体「のだふじの会」を中心にフジの植え付けや管理が続けられ、晩春には藤波で染まる街が復活しました。4月半ばには「のだふじ祭り」という、町の人だけでなく、観光客も集まるイベントも開催されます。ちなみに、ことしは4月13・14日開催。地元のお店によるおいしいもの屋台「野田バル」が好評だとか。

阪神電鉄野田駅南側の長い藤棚。夜にはキャンドルによるライトアップが行われ,幻想的な風景に。でも花が終わったら夜間照明はNG。花芽形成が妨げられてしまう。(撮影/藤 三郎 『都会にフジを咲かせましょう』より許可を得て転載)

 この「野田の藤」復活までには、さまざまな苦労があったそうです。「咲きにくい」と考えられてきたフジをどうしたら咲かせられるのか。どんな管理をしてあげればいいのか。その試行錯誤から生み出されたノウハウが、『都会にフジを咲かせましょう』第1部で紹介されています。冒頭で紹介した「鉢植えの方が咲きやすい」ことも、この活動の中からわかってきたのでした。本には,鉢植えのフジが、ベランダを天蓋のようにおおっているおうちの写真も載っていました。夏に葉が茂れば、日よけにもなりそうです。鉢植えでもここまでできるんですね。


ベランダに鉢を置き,小さな藤棚で咲かせた民家。フジはちょっとしたスペースで楽しめる花木なのだ。(撮影/藤 三郎 『都会にフジを咲かせましょう』より許可を得て転載)

 この本によると、鉢植えのフジを買うなら、厳冬期か、開花前のこれからがよいそうです。花芽が開いて、つぼみのついた花房の伸び始めると、花のつけ根がしっかりして、落ちにくくなるからとのこと。もうちょっと前のふくらみはじめの状態では,運ぶ間に落ちやすく、花の数が減ってしまう。逆に真冬は、まだ花芽が縮まっているので、落ちる心配が少ないと説明されていました。

『都会にフジを咲かせましょう!』藤家第18代当主 藤 三郎/ 著


 花芽がたくさんついていて、幹が太くしっかりした株がよいそうなので、よく見て選んで、花の後も世話をして、来年も咲かせましょう!
あたくしは、冬に実家のフジを掘り上げて、この本の移植のやり方を参考に、鉢に移すことにします。冬(チョウ・ガが苦手なので、活動しない時期にやる)だとつぼみ形成の時期を逃すから来年の花は望めないけど、再来年に期待です。でも実家、冬場も越冬したアケビコノハが出たりするんだよなー……。

 保護活動が始まった昭和から、平成を経て令和に至る「三世の藤守」によるフジのコンプリートガイド。試行錯誤から生まれたフジ栽培のノウハウから生物学、地方史、文化史、名所名園まで、フジを楽しみ尽くす1冊。豊臣秀吉から下賜された「藤庵の額」をはじめとする神社所有の文化財などの写真を多数収録。


都会にフジを咲かせましょう!
藤家第18代当主 藤 三郎/ 著
定価3080円(本体2800円+税10%)
ISBN4-8299-7110-9

 


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