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第1回 あのゴキブリ狩りバチを飼ってみた

いろんなヘンテコいきものを飼育し展示する昆虫館。
そこにはいったいどんな工夫や苦労があるのでしょうか?

虫界で話題騒然・新進気鋭の虫のお兄さん、
そしてゴキブリストとしても知られる
磐田市竜洋昆虫自然観察公園の柳澤静磨さんが、
昆虫館のバックヤード(裏側)での奮闘を語ります!


あのハチを飼うチャンスがやってきた

エメラルドセナガアナバチ。エメラルドゴキブリバチとも呼ばれ全体が宝石のように輝く美しいこのハチは、「ゴキブリを狩り、幼虫のエサにする」という衝撃的な生態から、さまざまな書籍で取り上げられており知名度も高い昆虫です。

私はゴキブリの研究を行っていることもあり、このゴキブリ狩りをいつかこの目で見てみたいと思っていました。ゴキブリならどんな種でもいいのだろうか。狩りの前はどんな行動をするのだろう。品定めのようなことはするのだろうか。あぁ見てみたい。考えれば考えるほどに憧れが増していきます。しかし、本種は日本には生息しておらず、飼育している施設もないため、なかなか叶えられずにいました。

2019年、なんとエメラルドセナガアナバチを飼育するチャンスがやってきました。ペットショップで働いている知人が、たまに海外で見るというので、ダメもとではありましたが仕入れていただけるようお願いしていたのです。こんな形で願いが叶うなんて思ってもいなかった私は、連絡をもらってからそわそわしてしまいます。

数日後、ようやく受け取りの日。待望のハチを眺めてみると、キラキラとすさまじい輝きに息をのみます。生きた宝石とはまさにこのことです。

光に当たるとぎらぎらとメタリックに光ります。エメラルドよりもきれいです。この輝きをうまく撮影するのは難しいですが、何百枚も撮影しました。

ハチとゴキブリ、なかなか出会わない問題

手に入ったのはオス1匹、メス2匹の計3匹。飼育方法については日本語で書かれたものはほとんどなく、英語で書かれた論文を参考にするしかありませんでした。

エメラルドセナガアナバチはすでにある木や土にできた穴を見つけてから、そこにゴキブリを連れ込み、卵を産み付けます。繁殖を目指す上ではこの穴を用意しなくてはいけません。ネットで海外の飼育者がどうやって飼っているか見てみると、広い口の試験管を転がして、穴代わりにしているようです。たしかに、中が透けて見えるのは観察に向いていそうです。

なにか使えそうなものが無いか探してみると、普段私がゴキブリの液浸標本(エタノールやホルマリンなどの液体に浸けた標本)を作る際に容器として使う小瓶が適していそうでした。飼育ケースはできるだけ大きなものをと思い、特大サイズ(横35センチほど)で飼育してみることにしました。

まずは1センチほどおがくずを敷きます。そして瓶を横一列にケース幅いっぱいまで並べ、瓶を隠すようにおがくずをかけます。階段のような状態になりました。エサとなる昆虫ゼリーを入れて、完成。ハチのオス1匹とメス1匹を入れました。

早速、ハチたちをケースに入れてみました。卵を産みつけるためのゴキブリも一緒に投入します。今回は大きさがあり、ぷりぷりでおいしそうでなおかつ栄養もありそうなワモンゴキブリのメス成虫を選びました。私が立派に育てた自慢のゴキブリです。

さぁさっそく狩りが見られるか!? とわくわくしながら観察してみますが、ゴキブリたちがそそくさと瓶の中に入ってしまい、ハチとゴキブリがなかなか出会いません。ゴキブリが瓶に隠れないようにする必要がありそうです。

そこで、ゴキブリの足場になって落ち着ける場所を作ってみようと思い、ケースの端に一本の流木を立てかけてみることにしました。するとどうでしょう。私の思い通りにゴキブリが流木に集まりました! これでハチと出会うことができます。

ファイッ! ハチとゴキブリの闘い


(編集部注:この先、写真にゴキブリも登場します!)

ハチがゴキブリに近づくたびに今か今かと構えて数十分。ハチがゴキブリを追いかけはじめました。ゴキブリも危険を察してか、後ろ肢を上げてハチのことを蹴飛ばそうとしています。ゴキブリもやられっぱなしじゃないのか! と私は静かに一人で盛り上がります。ゴキブリは頭側の位置をとられないようにハチの移動に合わせて体の向きを変えています。しかし、一瞬の隙をみてハチが頭の方に回り込みました。すると突然、ハチがゴキブリの胸に噛みつき、取っ組み合い状態になってケースを転げまわり始めます。

ブスリ。 ア~ッッッ

「おおおお!」ついに! 狩りの瞬間です! 興奮しつつよく見てみるとハチがゴキブリの頭に針を突き刺しています。毒をゴキブリの頭部に注入しているのです。刺し終わったハチはゴキブリから少し離れ、触角や肢の手入れをし始めました。ゴキブリはというと、ひっくり返った状態のまましばらく動かず、ゆっくりと起き上がったと思ったらこちらものんびりと触角の手入れを始めました。覇気がない状態です。これはハチの毒が効いており、ぼーっとした状態にさせられているためです。

ハチはケース中を歩き回ってちょうどいい穴を探します。それからお互い無干渉なまま20分ほど経ち、十分に毒が効いたとみてか、ハチが再度ゴキブリに近づきます。ゴキブリの触角を短く切り落とし、切り口から漏れ出す汁を舐めます。毒を注入される前とはうって変わって、ゴキブリはおとなしく、大きな抵抗は見せません。そしてハチはゴキブリの触角を引っ張り、見つけていた穴に引きずっていきます。まるで散歩が嫌になった犬のリードを引く人のようです。ゴキブリはわずかに抵抗しますが、ゆっくりゆっくり、穴に近づき、とうとう穴の中に完全に連れ込まれてしまいました。

卵は決まって中肢の付け根に産みます。ゴキブリ一匹に対して一つが基本ですが、二つ産むこともあります。

ハチはゴキブリの中肢の付け根に一つ卵を産み付け、穴を出ておがくずを集めて穴の入り口をふさいでいきます。これで狩りは終了。ゴキブリはこのあと生きながらに体を食べられていきます。ハチの幼虫はゴキブリの体内で繭になり、羽化するとゴキブリの体を突き破って飛び立っていくのです。

ゴキブリとハチの攻防に釘付けになって観察していて、気が付けば1時間ほど経っていました。せかせかと動くハチは見ていて飽きませんし、洗練された狩りの瞬間は何度も見てみたいと思わせます。ついに狩りの一部始終を見ることができた! 満足感でいっぱいになりその日は他のことに手が付きませんでした。

飼育環境としても展示としても問題がなさそうなので、数日後に展示を開始しました。エメラルドセナガアナバチの展示は国内の施設では初の試みです。展示を見て、多くの方が「ゴキブリにはなりたくないな」とおっしゃっていましたが、ゴキブリが好きな私でも、強く同意するところです。


著者プロフィール

柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
東京都八王子市出身。幼少期からゴキブリが大の苦手だったが、2017年に西表島で出会ったヒメマルゴキブリのゴキブリらしからぬ姿に驚き、それ以来ゴキブリの魅力に取りつかれた。現在はゴキブリストを名乗ってゴキブリの展示や講演会などを通してゴキブリの魅力を伝えている。磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員。ゴキブリ談話会世話役。著書に『ゴキブリハンドブック(文一総合出版)』『「ゴキブリ嫌い」だったけどゴキブリ研究始めました(イーストプレス)』『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫(学研:分担執筆ゴキブリ目担当)』
HPゴキブリ屋敷:https://www.gokiburiyasiki.com/

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