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「顔」たちの星座

【書評】高原到『暴力論』 評者:川村のどか

 折られてなくなった歯を見つけ出してそこから被害者の「顔」を復元するような営みがあったとする。フィリピン戦の舞台の一つとなったミンドロ島で、ヒロシマやナガサキで、あるいはアウシュヴィッツで、折られてしまった歯を探し求め、持ち主の「顔」を蘇らせる行為。それは歴史から隠蔽されてきた人たちへの想像力を駆使し、今は亡き人々に寄り添うためのものだろう。同時にそれは、そんな人がいたことなど誰一人覚えていないような人物を思い出す挑戦でもある。こういう営みに文学という名前をつけることができるとしたら、本書はまさしくそのような意味での文学である。いや、それが文学であるかどうか以上に、本書は私にとって重要な精神のあり方を示してくれた。他者の「顔」が見えにくくなっている現在において、これは稀有な一冊なのである。

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3,654字

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