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中国茶のある暮らし――8月のお茶「正山小種」
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中国茶のある暮らし――8月のお茶「正山小種」

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 長い歴史に磨かれた豊かな中国茶の世界。四季折々の甘味や食に合わせるお茶を、中国政府公認の評茶員・茶藝師の澄川鈴が提案します。
 心に余裕がなくなりがちな日々だからこそ、めぐる季節を愛で、自分を癒すひとときを。そして、お茶を通して見える中国の人々の素顔と暮らしにも、ほんの少し触れていただけたらと思います。

☞ 連載「中国茶のある暮らし」

かき氷と正山小種

 今年は6月末から暑いですね。年々、夏が暑く長くなっている気がするのは、私だけでしょうか。
 中国では、夏でも体を冷やす冷たい食べ物や飲み物はあまり好まれません。しかし、アイスクリーム(冰淇凌/bīngqílín)は別のようです。食べる人は夏だけでなく、冬にもアイスクリームを食べます。
「暖気(nuănqì)」と呼ばれる石炭を使った暖房設備が建物を丸ごと暖めてくれるので、真冬でも室内では半袖で過ごすことができ、アイスクリームを食べられるわけです。

 日本で夏の冷たい食べ物と言えば、アイスクリームよりもかき氷の方が馴染みがあるのではないでしょうか。最近はかき氷ブームが起きているようで、ネット上には「氷活ひょうかつ(かき氷の食べ歩き)」やら「ゴーラー(かき氷好きの人)」といった言葉も散見されます。

 私はあまりアイスクリームもかき氷も食べませんが、あるお店では必ずと言っていいほどかき氷を注文してしまいます。そのお店というのは、兵庫県は芦屋あしや市にある日本茶専門店の茶庵「瀧家たきや」です。

 長野県産のふわふわの氷に手作りの濃厚ソースがたっぷりとかかっており、好みで手作りの練乳をかけることができます。ソースの種類は豊富で、抹茶やほうじ茶、小倉、イチゴ、みかんなどがあり、季節限定ではマンゴーや栗などがあります。

「瀧家」では1年中、かき氷を食べることができ、私が知っているゴーラーはこの店を訪れると必ず2杯のかき氷を食べます。理解し難い気もしますが、私はその話を聞くたびにある中国語を思い出します。それは「吃一顿少一顿(chīyídùn shàoyídùn)」という言葉で、直訳すると「一食済めば一食減る」となります。

 すなわち、人生の食事の回数は決まっているのだから、一食が済めば残りの食事の回数も一回減る。ならば美味しいもの以外は食べたくないし、美味しいものは一度でたくさん食べたい——。そう考えると、「瀧家」に行くたびに2杯のかき氷を食べるその人の気持ちがわかるような気もします。

「瀧家」では、必要以上に体を冷やしすぎないように、かき氷には温かいほうじ茶が付いてきます。今回は特別に中国茶を持参して、夏季限定のマンゴーかき氷と一緒にいただきました。持参したのは「正山小種(zhèngshānxiǎozhǒng) 」という紅茶の一種です。英語名の「ラプサン・スーチョン(Lapsang souchong)」と言えば、紅茶に詳しい人はピンと来るかもしれません。

「正しい山」と書いて「正山」とは福建ふっけん省にある武夷山ぶいさんのこと。産地は紅茶発祥の地と言われている武夷山市の星村鎮桐木関(xīngcūnzhèntóngmùguān)という地域です。茶摘みは年に2度行われ、二十四節気の立夏の時期に春茶が、小暑の時期には夏茶が摘まれます。製茶には、白豪(うぶ毛)のない葉の開いた状態の3〜4葉が使われます。

 燻製くんせいには松の木が使われているため、正露丸せいろがんのようなフレーバーティーに仕上がります。特にヨーロッパの人々は、正露丸と正山小種の香りが似ていると感じるようです。最近では、燻製していない正山小種もあり、今回はそちらを持参しました。とろみのあるリュウガンのような甘い味が特徴で、私の大好きな茶のひとつです。


馬連道の陳先生

 昨年9月から始めたこの連載は今月で12回目を迎えました。なので、今回が最終回となります。何を書こうかと迷いましたが、最後は私が「鈴家」(大阪府高槻たかつき市)を始めるにあたって不可欠だった何人かの方々との〝茶縁〟を紹介しようと思います。

 北京には馬連道(mǎliándào)という中国全土の茶が集まる茶葉問屋街があります。最も有名なのは「馬連道茶城」という茶葉と茶器のショッピングモールで、他にも「茶城」と名付けられた建物が街の中にいくつもあります。

 コロナ禍の影響もあり、今でこそ2000〜3000店舗に減ってしまったようですが、私が北京留学を始めた2012年には5000〜7000店舗あると言われていました。アバウトな数に中国という国のスケール感が表れているように思います。
 ともあれ、現地の人々が「隣で買った茶葉を何倍もの値段で売ってるところがあるから騙されないように」と言うほどに問屋がひしめき合っているのです。

 そんな馬連道に陳楚平(chénchǔpíng)先生という方のお店があります。店名は「檀榕斎茶行(tánróngzhāicháháng)」——。陳先生は、日本中国茶協会の代表・王亜雷(wángyàléi)先生の安徽農業大学(安徽あんき合肥ごうひ市)時代の先輩で、馬連道ではとても有名な方です。

 檀榕斎茶行には誰でも気軽に入れるわけではありませんが、私は幸運にも留学中に茶友に連れて行ってもらったことがきっかけとなり、帰国後の現在も大変にお世話になっています。

 有名な先生で店には誰でも気軽に入れるわけではない——と言われると、さぞかし厳格な方を想像するかもしれませんが、陳先生はいつも大量に茶葉を購入するわけではない私にもさまざまな茶を試飲させてくれます。言葉数こそ多くないものの、いつもニコニコしていて、私の質問にも丁寧に答えてくれます。

 お店の奥には試飲できる立派な茶席があり、陳先生の背後の壁には有名な書家が書いた茶に関する二行連句の掛軸が飾られています。茶席の側面の壁は棚になっており、高そうな茶壷と茶葉のコレクションが整然と並んでいます。ちなみに、置いてある茶器や茶葉はすべて買えるわけではなく、非売品のものもあるようです。

左から2番目が陳楚平先生氏、その右隣りが筆者

 例えば、こんなことがありました。中国国内の茶の生産地としては西端となるチベットで作られた紅茶を試飲させてもらった時のことです。価格を聞くと、一斤(500g)で数万元(現在のレートで1万元が約20万円)と言います。ただし、その茶は試飲のみで非売品とのことでした。

 中国語に「天価(tiānjià )」という言葉があります。読んで字のごとく「天に届きそうな価格」という意味です。それにしても、一斤で数万元とはまさに天価。お茶の恐ろしさを思い知らされた出来事でした。

 では、どうしてそんなに高価なものを試飲させてくれるのかというと、陳先生にお墨付きをもらいたい全国の生産者からさまざまな茶葉が送られてくるようで、置き場所に困るほどなのだそうです。

 試飲の際は緑茶でも青茶(烏龍ウーロン茶)でも紅茶でも、すべての種類に茶壺を使います。緑茶や白茶、黄茶は、ガラスや蓋碗を使うことが一般的です。6大茶類のすべてで茶壺を使うとか……かっこよすぎです。

 ちなみに、陳先生の字名は「陳普洱(chénpǔ'ěr)」——。日本語にすると「古い普洱プーアール茶」という意味になります。私も何か茶にちなんだ字名が欲しいのですが、なかなか良いアイデアが浮かびません。

檀榕斎茶行のサンプル棚

 実は、今回ご用意した正山小種と茶器は、陳先生の店で買わせてもらったものです。少し古い紫砂壺(zǐshāhú)は、コロナ禍前の2019年12月に北京に行った際に買ったものです。助っ人として同行してくれた私の母も気に入ったのでお揃いで購入しました。私が紅茶を淹れる時は、いつもこの陳先生のお店で買った茶壺を使っています。

 初めて陳先生のお店に行った2012年から今年で10年。当初は私が茶友に連れて行ってもらう立場でしたが、今では家族を連れて行くだけでなく、陳先生に私の友人を紹介できるようにもなりました。こうやって茶縁は広がっていくんですね。

江さんと岩さん

 私が陳先生に紹介した友人の中に、江(jiāng)さんという女性がいます。まるでモデルのように身長が高く、くっきりした二重と高い鼻が特徴的です。そんな江さんには岩(yán)さんというハンサムで包容力のある夫がいます。

 絵に描いたような美男美女のご夫妻は、北京在住のお茶好き。なので、私たちは一緒に茶市場に出かけたこともあります。ご自宅に招いてもらったこともありました。おふたりは日本への留学経験があるので、日本語がとても上手ですし、ご自宅は日本仕様です。車はジープで、趣味は旅行。写真も好きだそうで、コクチョウの写真や北極で撮ったペンギンの写真などをもらったこともあります。

 おふたりともサラリーで仕事をしているのですが、生き方はとてもアーティスティックなんです。生の蓮の花托を乾燥させて作った茶道具をプレゼントしてくれたときは、本当に嬉しかったです。

江さんが撮ったコクチョウの写真

 江さんは、自分が関心を持ったことはしっかりと勉強するタイプです。そこに妥協はありませんので、目が肥えています。初めて彼女にお茶屋さんを紹介する時は少し緊張しましたが、お連れした店はすべて気に入ってくれました。熱い茶のような私の中国茶への思いにも、本当に敬意を払ってくださいます。

 2017年に私が留学を終えて本帰国をする際も、人気の北京料理店「局気(júqì)」(北京市)で送別会を開いてくれ、大紅袍だいこうほう(岩茶)のプレゼントまでしてくれました。

 私が2020年に「鈴家」を開店した際も、わざわざお祝いを送ってくれ、いまも「必要な手配があればいつでも手伝うよ」と中国茶を広める私のことを応援してくれています。そして、「日本に行って、鈴家に行ける日を楽しみにしてる」——とも。その言葉が実現する日が、ただただ待ち遠しい限りです。

 この連載で紹介してきたように、中国の人々はひとたび仲良くなると本当に親切ですし、よく面倒を見てくれます。連載ではすべての人々を紹介することはできませんでしたが、私の〝中国茶物語〟は茶縁に始まり、いまも茶縁によって続いています。今回、お邪魔した茶庵「瀧家」も、私にとっては大切な茶縁の場所です。

 私が中国茶についての文章を書き、それを読んでくれる人がいる——。思えば、これもひとつの茶縁ですね。お付き合いいただいた皆さまには、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
 この連載が少しでも皆さまの中国茶への興味と、中国という国やそこで暮らす人々への理解につながることを祈っています。

学到老,活到老。再見!

本人提供

澄川鈴(すみかわ・れい)
中国政府公認高級評茶員・中国政府公認高級茶藝師。
兵庫県生まれ。大学卒業後、輸入商社で香港発ホテルブランド食品部門のスーパーバイザーとして従事。中国茶の販売を通して中国茶に興味を持ち、学び始める。2009年中国安徽農業大学で中国政府公認評茶員・茶藝師の資格を取得。その後「現地の言葉で中国茶文化を理解したい」という思いから、2012年2月より北京語言大学へ留学。2017年7月修士課程修了。帰国後は「気軽に手軽に中国茶」をモットーに中国茶講師として活動する。華文教師証書取得(2017年)。現在はオンラインで中国語講座を開講中。2020年3月に、大阪府高槻市内の福寿舎2階蓮室に「中国茶教室 時々茶席」鈴家-suzuya-を開店。

WEB : https://fukujuya-takatsuki.com/suzuya/
Instagram : https://www.instagram.com/ling.cs_chinesetea/


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