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なぎさにて

新井英樹の漫画は常にエネルギーに溢れていて、性と聖と魔の相克の果てにとびきりのカタルシスが齎される。

凶悪殺人犯の日本縦断と巨大生物ヒグマドンの破壊を絡めた『ザ・ワールド・イズ・マイン』は恐らくは著者の一番有名で傑作の長編であるが、私個人として最高傑作だと思うのは、『KISS-狂人空を飛ぶ-』である。これは全3巻の作品で、主人公の少年銀河の物語である。

架空の軍国主義めいた世界で、銀河は1人の少年と出会うのだが、1巻だけでは、全容は掴めない。まぁ、新井英樹の漫画は常にそうなのだが、意味不明度では、今作は群を抜いている。
今作は、最終の3巻の熱量の凄さといったらない。
『スラムダンク』における山王戦ではラストはほぼ台詞がないが、今作も同様に、ほぼ台詞がない。銀河という少年が本当には悲劇を背負った、あまりにも大きな悲劇を背負った日本の1人の少年であることがわかる最終巻、彼の絶望に哀しみを覚えるのと同時、『銀河鉄道の夜』へと収斂していく筋運びに、最終的には救いをも覚える仕組みとなっている。凄まじいパワーに読み終わった後、呆然としてしまう。

『なぎさにて』は未完の作品で、3冊で終わってしまった。まさに、次回へと続く、というところで終わっている。

連続ドラマの4話目とかで終わった感じだと思ってもらって差し支えないが、今作は必ずや続きを描きたいと作者があとがきで書いている。打ち切りというのは容赦のないものである。
今作は、突如巨大な樹が世界中に生えてきた世界が舞台である。この樹は、普段は何も害のない、ただの巨木(めちゃくちゃ高い)のだが、ある日突然上方が砕けて、酸のようなものが降る。それが降れば、四方の街が壊滅するほどの被害が出る。文字通り、人間が死にまくるのだ。
明日、急に樹が砕けて、死ぬかもしれない世界で日常を生きる渚という少女が主人公である。渚は、恋をしたことがないので、死ぬ前に恋をしたいと思っている。そして、それ以上に、死にたくないと考えている。この、異常な世界で、道徳的に真面目に生きている父親を見て、その姿に疑問を抱く。渚は、母が父を裏切っていることを知っている。この世界ではいつ死ぬかわからないのに、父親は真面目で、融通も利かない。そして、渚は1人の、不良歌人に恋をする。
結局、この作中で描かれる世界と同様、私達も、いつ死ぬかわからない。いつ、巨大な何かが動き出して、自分の世界が崩壊するともしれない社会に生きている。そこで、道徳的に生きること、生きていくこととは何なのか、何故、それでも人を愛し、セックスを求めるのか、そのような話である。

『渚にて』という小説がある。これはグレゴリー・ペック主演で映画にもなっていて、『なぎさにて』の元ネタだが、小説は、1957年の作品で、ネビル・シュートが書いた。第三次世界大戦が起きた世界で、放射能汚染で人々が黄昏の刻を迎える話である。
必ず死ぬ、その時が来るときに、人はどう生きるのか、そのような話である。
まぁ、人は孰れは死ぬので、それが早いか、遅いかである。やはり、遅いほうがいい。人生には楽しいことが有り、人に恋して、愛されて、たくさんの経験を知る前には死ぬのは、あまりにも不憫である。

『スキャッター』という漫画も変わり種で(新井英樹の漫画は常に変わり種ではあるのだが)、これはコミックビームで連載されていて、全8巻の作品だが、普通の人は読まない。

この作品は性と聖に焦点を絞った作品で、セックスがテーマであるが、一応クライマックスには大立ち回りの大戦闘がある。
鍛え上げた主人公が『ナルト』の額当てみたいなのをして、ち●ぽを銃の代わりに、精液が弱点の侵略者を撃ち殺しまくる。テーマは生存競争の話なのだが、このシーンはイカれている。『ゴールデンカムイ』でも同様のシーンがあったが、ここでの描写の影響ではないだろうか。

結局、セックスを描くことは人間を描くことである。人間は殺し、犯し、愛し、そして、死ぬ。そこは一般的には忌避される箇所で、なんとはなしに糊塗してごまかす作品が多いが、新井英樹は直球である。

だから嫌がられるのかもしれないが、新井英樹は、強者や多数派の側に立ちたくない、弱者側、少数派の側に立ちたいと言っていた。その弱者側が間違っていても、弱いものいじめみたいなのが嫌だ。と。
その精神には、強く賛同したい。


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