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『アドニス』と三島由紀夫

往書月刊の『アドニスの杯』特集号を購入。これも古書。あんまり出ないんだよね。

『ADONIS』は会員制のゲイ雑誌で、文学者も何人か変名で寄稿していた。代表格は三島由紀夫。彼は神山保というペンネームで『愛の処刑』という作品を寄稿している。
『ADONIS』は当然、会員制であり、今はもう半世紀も前の古書なので、入手が難しい。私も幾つか欲しいNo.があるのだが、まぁ、なかなか出てこない。

アドニスとはアフロディテに愛された美青年、美少年。美しい男性をアドニスと称する。

全63号で、1952年から1962年の10年間刊行されていた雑誌だ。

この特集号の寄稿者に伊藤文學氏(雑誌『薔薇族』の編集長)がいて、『ADONIS』は『薔薇族』の原点である、と述懐している。『薔薇族』は10000部刊行されたゲイ雑誌なので、かなり大規模である。
そして、1972年に刊行された『薔薇族』に対して、その20年も前に刊行された『ADONIS』の先達としての凄さ、というのを讃えている。

この特集のメインは三島由紀夫の『弟』でもある堂本正樹氏によるインタビュー的回顧録。彼は銀座のゲイバーのブランズウィックにて三島と出会った。
ここで、三島由紀夫と氏との関係を語っていたり、当時の同性愛に関するコミュニティについての証言があったりして、ふむふむと読む。
三島由紀夫と中井英夫との違いについて、中井英夫は作品そのものを評価するが、三島由紀夫は読んでほしいと言って送られたきた小説など、同封された写真がイケメンだと、「会ってみよっかな♪」という、面食いであり、才能より容姿で選ぶ傾向にあることを綴っている部分が面白い。才能を見抜く目が、美少年というフィルターに狂わされるのだという。セクシャルに関しては割と露骨であり、作家志望も役者も綺麗じゃなかったら歯牙にもかけないのが三島さんだった、とのこと。


『愛の処刑』は三島の正式な元原稿がない。それは、三島が口述筆記をさせたからで、奥さんがいない時に家に堂本さんを呼んで書かせたそうだ。
「君、筆跡が残ると困るから、書き直してくれ」と。

『ADONIS』界隈には、三島由紀夫、中井英夫、塚本邦雄、江戸川乱歩、春日井健、そして先達の南方熊楠、岩田準一など、伝説的な文人たちの血脈が流れている。

『ADONIS』を中心に様々な文人や芸術家たちが集い、それは一つのサロンだった。異端のサロンである。
堂本さんも、『ADONIS』は絶対に家のポストに入ることがないよう、細心の注意を払ったのだという。三島由紀夫の場合は、平岡公威名義だと家族が開ける可能性があるが、三島由紀夫名義だと、仕事に関することなので本人以外は封を開けなかったそうだ。

「異端。昔はみんな、本当におびえていたんです。そしてそのおびえは共通のものでしたから、むしろそういう状況下で描かれた作品には大事に接したわけですけれども。三島由紀夫という人を中心とした、文壇の異端の輪があった。その輪の中に僕も中井さんもいて、『アドニス』もあった、ということです。」

この言葉が大変に印象的である。現代でも同じである。多くの方がおびえているのだろう。異端とされているのは変わらない。
然し、人は文学でもなんでも、様々なことを読み、当人の気持ちを識り、そのことに思いを馳せることだけは出来るだろう。

最後に一句、今特集号で目にした塚本邦雄の短歌を。

青年よにれよりさきに死をえらび婚姻色の一匹の鮎

塚本邦雄

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