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あだしの 人間交差点


ネタバレがございます。

私の好きな漫画、『人間交差点』で一番好きな話は『あだしの』という
前後篇からなる物語である。
『あだしの』の舞台は、京都の化野念仏寺である。
ここは、古くから葬送の場所として使われていて、水子供養の場所、無縁仏を弔う場所である。
西は化野、北ならば洛北蓮台寺野などが該当するだろうか(『バガボンド』で武蔵と清十郎が斬りあった場所)。

『人間交差点』は1970年代後半から80年代にかけての漫画である。
基本的には一話完結型で、たまさか同一主人公(それも狂言回し)が出てくるが、基本は読み切りを原則として、一話一話、別のテーマをもって描かれる。
どの話も面白く、傑作が多い(時代故か、女性蔑視が散見されるが)。
わずか20頁弱にストーリーテリングの妙が詰め込まれているので、作劇においてこれ以上の教材はないだろうと思える。
あらゆる世代の、立場の違う人間たちの物語が描かれるが、彼らは基本的に人生に疲れているか、それを隠してがむしゃらに頑張っているのかのどちらかである。

『あだしの』は初期の話で、これは前後篇である。
物語はヤクザの加藤が、内縁の妻である佐知子の世話に送った舎弟に、妻を殺せと命じる所から始まる。実はこの舎弟(保っちゃん)は妻と出来ていて、然し、それを加藤は知っている様子。加藤は、何度も妻の世話役に若い男を送っている。佐知子は、あえてそのような不義をして、何らかのサインを加藤に送っているようだ。
加藤は魂が死んでいて、藤金商事の金子会長(ヤクザ)の右腕として日々を送っている。
金子は相当のイカレ老人だが(ワーグナーが好き)、加藤と佐知子の過去の弱みを握っている。

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と、いうのも、加藤は昔化野(あだしの)で、着物の図案師をしていた真っ当な気質(かたぎ)の男。彼は、同じく化野のJKである佐知子と出会って、二人は恋に落ちる…。

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のであるが、夜の町でチンピラ三人に因縁をつけられて、加藤は殴られ気を失う。気づくと、今まさに佐知子が三人に輪姦されそうになっていて、加藤は石でチンピラを殴り殺してしまう……。
その事後処理を買って出たのが通りかかった金子で、以来、彼らは世間の影に潜んで生きていくことになる。
佐知子はこのときに加藤の子を妊娠していたが、堕ろすことになってしまう……。
加藤はいつしか、魂を殺し、金子の言いなりになっていく。それを、佐知子は心根で許せない。
佐知子には、金子が如何に邪悪であるかがわかっていたのである。

と、長々と書いたが、最終的には佐知子が金子を撃ち殺し、彼女は死んだ子どものいる化野へと向かい、雪の中で自殺を図る。加藤もそれに少し遅れて到着し、彼女の亡骸を抱きしめて、母子のいるその場所で、死を選ぶ。

この作品は映画やドラマのように組み立てられていて、非常に面白い。
最期の悲劇は、こちらの心も撃ち抜くかのような哀しさに満ちている。特に、佐知子が死んだ子どもに備えたくまのぬいぐるみに話しかけるシーンなど、泣けてしょうがない。

過ちを犯して、然し、生きながらに腐るくらいならば、それを精算することも、必要なのだろう。
死んで花実が咲くものか、という言葉もあるが、然し、愛すらに背いて生きて花実は咲くのだろうか?


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『あだしの』は人間交差点のベストセレクションに収録されているので、
是非読んでいただきたい。これは紛れもない傑作の一つだと思う。

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