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誰もいない文学館

『誰もいない文学館』を読む。

昨年の夏頃に、本の雑誌社から出た西村賢太氏の著作で、連載をまとめたものである。
誰もいない、とあるように、基本的にはマイナーな作家、西村賢太氏が好きな作家が取り上げられている。

マイナーとはいえ、読者家の人や、ミステリーや私小説方面が好きな人は識っている作家が多いだろう。西村賢太氏が雑誌の『新青年』や『宝石』などで貪り読んだ作品の中でも、一際異彩を放つ(西村氏にとり)作家に焦点が当てられて、該作家の古書関連の紹介がある。

私に関しては言えば、西村賢太氏経由で読んだ藤澤清造、倉田啓明以外は誰も読んだことがない。
田中英光に関しても、太宰治の弟子筋ということしか識らないし、『オリンポスの果実』しか著作も識らない。
藤澤清造、田中英光、この二人だって、ほとんど西村賢太氏のせいで妙な親近感を抱いてしまっているが、基本的にはよく識らないのである。

西村賢太氏は古書関連の仕事で稼いでいて、自作と現実の像には乖離がある。
いや、基本的には破滅型ではあると思うが、しかし根がスタイリストにできているだけあって(この、根がスタイリストの元ネタも書いてあった)、
作中の北町貫多よりもいい暮らしをしているし、その辺りは没後資料や関係者の声で詳らかになってきている。

まぁ、作品を読んでいたら、そりゃあ、ある程度の稼ぎがないとあのように暮らしたり古書に金は使えないだろう。なんせ、私も古書はそれなりに詳しいし、嗜んでいるが、西村氏的に言えば、ある程度の金子が必要になるものが多々あり、特にそれが稀覯本の類になると、予算はウルトラに跳ね上がる。

中には、肉筆の書簡や原稿の方が書籍より安いものもザラになる。私的御三家(三島・川端・谷崎)などは原稿や書簡は6桁、7桁は当たり前だが、そんなに人気のない作家だと、30,000円くらいで手に入ったりする。これは驚くべきことだ。10,000円足らずで叩き売られている原稿の束もあるのだ。

然し、消えた作家、人気のない作家となると、反対に数が少なくなり、入手が困難、って金額が上がることもある。
今作では、島田清次郎、田畑修一郎、尾形亀之助などの、名前は識れているが、一般的にはほぼ消えた、更には石浜金作、永瀬三吾、横川巴人などの、ランダムで1000人に尋ねて1000人とも識らない可能性すらある作家などの著作を紹介している。

誰もいない、ということは意外となくて、大抵の作家には識っている人やファンはいるもので、奇特な人は必ずついているものだが、然し、上記の作家たちの場合は、まさに誰もいない文学館状態で、たまさか誰か訪れる感じだろうか。ちなみに、実際の大阪府茨木市にある川端康成文学館も、兵庫県芦屋市にある谷崎潤一郎記念館も、私はたまに散歩がてらふらりと何度か入ったりしたが、常に誰もいない状態、乃至はお客さんが他に2名くらい、的な感じで、実際の文学館とは文豪ですら誰もいないこと多々有りである。

まぁ、どちらも展示は充実しており、企画展も盛んに行われているので、是非行ってみて欲しい。
どちらも人の少ない閑静な町並みにあって、特に谷崎の方は静かすぎて眠たくなること請け合いである。

また、以前、山形の銀山温泉に行った際に、古今雛を見学に行こうと思ってふらりと歩いていると、その誰もいない会場に聴禽書屋ちょうきんしょおくなる建物があり、見学をさせて頂いた。どうも、斎藤茂吉が疎開していた場所らしく、丁寧に御説明頂いた。


私は、斎藤茂吉のファンではなかったが、何か巡り合わせがあるのやもしれぬと、思ったものだが、今になってなお、そんなに好きではない。
この聴禽書屋ちょうきんしょおくに関しては、辺りは自然豊かで、夜になれば恐らくは猛禽の類、ふくろう木菟みみずくの鳴き声が聞こえてくるだろう、風情のある場所であり、ここで、斎藤茂吉は短歌を詠んだのだ。まさに、歌集『白き山』なのである。

私は、埋もれてしまった作家、消えてしまった作家たちにシンパシーを感じる(作家でもないのに)。

一世を風靡したとて、所詮は祇園精舎の鐘の声、である。諸行無常の響きあり、であり、沙羅双樹の花の色、であって、盛者必衰の理をあらわすのである。
私は、最近中上健次の本を読んでいて、まぁ、2080年くらいに中上健次を読んでいる人はほぼいないだろうなと思うし、今の作家も2060年代とか2070年代には完全に消えている人が大半であろう。

逆に、何度も何度も再生する作家もいる。私は、そういう作家こそが真の天才であると思うし、本質を突いた書き手なのだろうと思う。

時代の寵児になるか、時代を超越するかである。

まぁ、この本に出てくる作家たちは、今後より日の目を見なくなりそうだ。
然し、その文学館のオーナーである西村賢太氏は、これはいつの時代も共感する男はいるだろうし、ひょっとして、時代を超越するかもしれない。

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