見出し画像

心を燃やせ という忍者漫画『ムジナ』

『ムジナ』という忍者漫画の傑作があって、これはヤングサンデーで1990年代に連載されていた。全9巻である。

画像2

相原コージ先生の作品で、作中には下ネタが満載のギャグ忍者漫画である。
然し、この作品は明確に白土三平の『カムイ伝』の影響下にあり、『カムイ伝』の描いた階級闘争を持ち込んでいる。

忍者漫画といえば、脱線になるが私には同じく白土三平の『サスケ』が忘れがたい。小学生の1年生か2年生頃、図書館で借りて読んだのが、当初は少年忍者サスケの冒険に心を踊らせて、マンモスの肉を美味しそうと思ったものだが、後半ヒロインらしき女性が晒し首になり、弟を探しながら放浪するサスケのシーンを読んで、私は悲しくなった。そして、続きが読みたかったが、そこから先は置いていなかった。それから私は『サスケ』の存在を暫く忘れていたが、ある日、『サスケ』という漫画がちょうど、私の読んだそのシーンで幕切れを迎えていたのを識り、衝撃を覚えた。
救いが一切ない。いや、救いどころか、与えられているのは、暗黒の地獄である……。サスケは、最終回で心が燃え尽きてしまった。彼が燃やしたのではなく、燃やされた。

画像1

どうでもいいけど、少年時代のサスケは超かわいくて美少年だね。

さて、『ムジナ』では、主人公のムジナは火影を目指す超ポジティブな天才忍者『ナルト』とは異なる精神の持ち主で、基本的には生きていくことを全うするために、目立とうとしない。ムジナにとって、生き残ることこそが最重要であり、彼は忍者としての技術をそのために使用する。ムジナの父親は仲間から詰られてきた忍者であり、然し、彼は実際には優秀だったが、生き残るために、無能・愚者を演じてきたのだ。その教えを受け継いだムジナは、落ちこぼれだと言われながらも、日々を生き抜いている。

前半はわかりやすい忍者漫画であるが、後半、ヒロインである下女で唖者のスズメとの恋愛が進むにつれて、男の魂に炎が宿る。
父は、ムジナには愛する人を作らないように諭してきた。それは、愛するものこそが最大の弱点であり、呪縛になるからに他ならないわけだが、然し、ムジナはこの娘を愛してしまう。スズメは唖者であり、下女として底辺の仕事をさせられている、いつも汚れた娘である。然し、ムジナは彼女との言葉のない逢瀬を楽しみ、二人は恋を育んでいく。どちらも、虐げられたものであり、この世の果て、この世の外にいる人種である。
愛する人を作らない、それは、魑魅魍魎跋扈する世界では重要な考え方である。けれども、愛してしまうのは止められない。何故ならば、父もまた、愛する人との間に、俺を作ったではないか。

今作は後半不幸と地獄の釣瓶打ちで、前半のコメディ要素が霧散する。スズメは、おそらくヒロインが受ける仕打ちとしては最も厳しい試練に見舞われる。そして、ムジナもまた、全身に言いようのないダメージを追う。四肢欠損は当たり前、地獄の苦しみである。
然し、その地獄めぐりの果てに、二人は出会う。その二人の、最後の最後、見開きでの愛を交わすシーンが、今作のラストシーンになっているが、おそらく、最終回にここまで美しい血みどろの包容を、私は見たことがない。


愛することは、魂を燃やすことであり、命を賭けることである。
「われらは遠くから来た。そして遠くまで行くのだ……」
遠くから来て、遠くへ行く。何のためにか。それは、愛を体験するためではないだろうか。遠くへ行くのだから、愛がなければ、足元も覚束ない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?