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勝つために戦え

押井守が言うには、映画監督には勝利条件がある、という。
押井守の勝利条件とは、映画を撮り続ける環境を留保することである。
大ヒットは望まないが、長い年月をかけて収支トントン、そして一定のクオリティを保ち、また映画を撮れる、そんな環境を保つことこそ、彼の勝利条件である。

勝利条件とは、人によって異なるのである。

このことについて書かれた本が押井守著の『勝つために戦え!』シリーズであるが、これは汎ゆる映画本の中で一番おもしろいのではないか。

押井守は独断と偏見が過ぎる嫌いがあるが、この本で彼が語り尽くしている言葉や、作品論、監督論というのは的を射ているし、私が好きな言葉は、『スタジオジブリは宮崎駿というライオンを飼うために作った人工のサバンナ』という表現。
何よりも、彼の博学が勉強になる。

なにせ、『天使のたまご』の大失敗で干され続けた間、ずっとレンタルビデオを観ていたわけだから、情報の蓄積が違う(※村山由佳の『天使の卵』ではない。私は村山由佳は結構好きで、『海を抱く』がお気に入り)。

映画や漫画、小説、音楽、絵画など、汎ゆるものを一心不乱に浴びる時期、というのはオタクの人生にはあるものである。

これは、『HUNTERXHUNTER』における辛い念の修業みたいなもんで、基本的にはとにかく観まくるのである。そういう時期というものは早くは中学、高校、遅くても大学生になれば訪れるはずである。

どうでもいいが、大学生は「お疲れ〜」とよく口にしていて、それを叩く人がいる。まぁ、大学生と社会人の疲れ具合は比ではないのは理解できる(社会人はお疲れとすら言いたくない。早くその場から消えてしまいたいほどに疲れているものである。何故ならば、ほぼ全員が敵であるからだ)が、大学生は精神的にまだ未熟なので、キャパも違うので比べようがない。無論、人生というのは年齢ではないので、幼くても私の想像を絶する体験をされている方もいるだろう。

とにかく、修行の時期には何か巡り合わせがあって、生涯の友(喋らないが)に出会うわけである。
私も一時期は映画を死ぬほどに観ていた。そのうちの500本くらいはタイトルしか憶えておらず、どういう内容かすら思い出せない。例えば、長澤まさみ主演の、『その時は彼によろしく』という映画は、映画館で観たのだが憶えていない。一切の物語、映像的なものが、脳裏から消えてしまっている。そんな映画はごまんとある。つまり、私には合わない映画だったということだが、このように、どうでもいい映画でも観ることは重要である。観れば観るほど、何がすごくて、何がすごくないのかが理解できる。

これは、『HUNTERXHUNTER』に例えると、ベラム三兄弟みたいなもんで、井の中の蛙大海を知らず的な感じで、視野が狭くなってしまっているのである。
例えば、小説家でも、普通に読んでいたら、まぁ普通に面白いなぁと思うわけだが、たまさか、急に凄まじい文章力の人間に出くわす。これは、『HUNTERXHUNTER』に例えると、巷の小説家はノストラードファミリーとかの護衛くらいの筆力くらいで、それでも実力者なのだが、川端康成とか、谷崎潤一郎とか、ああいうネテロとかゼノ的な人がいたり、或いは幻影旅団的な格上の小説家たちがいることを識るのである。

それもこれも修行である。修行を続けていると、難敵に出くわす回数が増えると、自分の筆力や読解力が理解出来てくる。

全く始めの話から脱線したわけだが、『勝つために戦え!』シリーズは傑作である。1冊目はサッカーの話なので、映画の話とかを期待する人は2冊目以降がいいだろう。

小説を書く人にも、勝利条件は各々あるだろう。
例えば、新人賞を受賞する。例えば、最後まで書ききる。例えば、本として出版までこぎつける。例えば、有名になる。例えば、書き続けられればそれでOK、などなど。

勝つ、というのは私は嫌いで、勝つことに意味があるとは思えない。まず、勝つ、という言葉も曖昧であり、たとえ死んでも矜持を守り抜けばそれはその人にとっては勝つことになるわけだ。

また、一度勝ちのレールに乗れば、永久的には勝ち続けなければならなくなり(それは、周りからの圧力であるが)、いつかは負けるという恐怖をともにして、ある種、精神的敗北を既にしているのではないか。
私の愛するマスターピース映画『ブレードランナー2049』において、主人公Kは最終的には人間的な尊厳を勝ち取る。然し、命は燃え尽きる。
勝ち負けは価値観でしかない。その人が、どのような生き方をしてきたのか、さもしい生き方か、それともダンディな生き方か、そのどちらか、それも見る人間により異なる。

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勝つ、というのは、必然負ける側も出てくるし、負けた人に手を差し伸べることは、見て見ぬ振りをすることは、勝つことよりも重要である。
勝つために戦う、のは人間本来の原始からのDNAで、生物は全てそれを宿命づけられている。
勝つことは簡単である。本当に難しいのは、勝ちも負けもない状況において、厳しい決断を迫られる時が来た時、その時である。

そうして、文学や映画や漫画、優れた作品は、その時を体験させてくれる。



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