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秘密結社

街の外れの西洋人街に秘密結社によるクラブがあることを聞いたのはまだ幼いころだった。
当時、私はまだ小学生で、秘密結社という言葉の響きには、変身ヒーローが倒すべき世界征服を企む悪の枢軸という安いイメージ以外何も抱いていなかった。
一度、そのクラブを見てみないかと友人に誘われて、自転車を漕いで、噂される場所まで見に行ったことがある。もうトワイライトが訪れて、私の半ズボンから伸びる太ももは真っ白に染まっていた。

西洋館の立ち並ぶ区画の、ちょうど人手が減る細い道を下ると、そこにその洋館があった。お城のようなその西洋の洋館は飾り窓がいくつもあって、そこには黄色いカーテンがかかっていた。
私は何友人と二人、その建物を見上げていると、周りを通る人々は私たちを訝しげに見下ろしながら去っていった。
「あれを見てみろよ。」
友人に言葉に顔を上げると、カーテンに黒い影が、黒い、揺れ動く、しなやかなシルエットが浮かび上がった。
「女かな。」
友人の声に頷いて、彼を見ると、彼は息も苦しいほどに思い詰めた顔をしている。そうして、もう一度洋館を見上げると、今度は、先程の人物を中心とした影絵の人物が左右から二人現れて、真ん中のシルエットの両腕を互いに奪い合うように引っ張り合い、もつれ合っていく。影は一つになり、また分かれて、そして、裂けてはまた合体した。
私は途端に恐ろしくなり、そこから逃げるようにペダルを漕ぎ出した。私のその行動に友人も驚いて、私に続いた。
どうやって家に帰り着いたのか、どう友人と別れたのか、覚えていない。あれが私の悪所体験の始まりで、恐らくは悪所体験のピークであったのだろう。それから後、様々な悪所を渡り歩いてきたけれども、どれも私にはごっご遊びにしか見えなかった。そこではセックスもあれば、SMの如き爛れた遊びもあったが、然し、あまりにも儀礼的で、一つのシステムでしかなかった。金を払い、安全に、その場の快楽だけを求めて遊ぶ。それは面白みのない通俗的なもので、そこから詩が匂うようなことはなかった。

あの黄色いカーテンの奥で、何が行われていたのだろうか。どのような男女が、どのような放蕩に耽っていたのだろうか。そもそも、あれは女だったのだろうか。女装させられた少年だったのかもしれないし、或いは、全員が女だったかもしれない。どこか遠くから、声が聞こえた。西洋の少年少女たちの声だ。その声が響いている。なんと言っているのか、あの頃はわからなかったが、恐らくは、「Hello」、単純な挨拶である。

私があのカーテンの奥を夢想するのは今に始まったことではなかった。いつだって、どのようなときでも、あのビロードの黄色地のカーテンの奥に、私はセックスよりも淫猥で危険な匂い、詩そのものを感じている。汎ゆる犯罪行為、背徳的な、頽廃の光景、自尊心の破壊、肉体の損壊、未来の奪取、それらの侵害するべからずのモラルの破壊を、あの奥に感じている。カーテンの襞に、私は自分を見ている。

そこは小さな時計店だった。双子の少年と少女が、同じ銀時計を首からかけて、互いに互いのものを持って何かを囁きあっている。鏡に映る自分を褒めているような溶け合うような、不可思議な光景だった。彼らを見ていて、私はつい先日に、一人の少年に、黄色いカーテンをつけた西洋館にある秘密結社のクラブを知っているかいと尋ねたのを思い出していた。その少年はかぶりを振って、私を訝しげに眺めた。私は胸元から銀色のシガレットケースを取り出して、埃及で購入した紙巻煙草に火をつけた。少年は一層眉間に皺を寄せたけれども、彼がこの話に興味を抱いているのは明らかだった。
少年にその秘密結社がどのようなものか、どのようなことをしているのか、それは私の作り話に過ぎなかったけれども、少年はだんだんと前のめりになってその話を聞いて、私が差し出した紙ナプキンに描かれたその地図を受け取ってくれた。
彼が一人か、友人か、それとも行かないのか、それはわからなかったが、彼もまた悪夢の住人になるのであれば、それはそれで良いことではないのだろうか。

私は、双子に声をかけた。いつものように、煙草を咥えながら。二人は警戒の色を見せたが、然し、すぐにそれは解かれて、話に夢中になるようだった。何十も、何百も、脚色を施して話してきた世界。彼は美しいその薔薇色の頬を一層に輝かせて、私の話に胸も瞳もときめかせている。この淫靡で、猥雑な世界は、大抵の思春の子どもたちは興味を持つものだ。
「二人共、目隠しをしてごらん。そうして手を繋いで。ここからとても近いんだ。歩いてだってすぐさ。誰にも言えない秘密の場所。ついたら目隠しを外して、カーテンの奥で何が起きているのか見るんだ。来るかい?」
私が秘密結社の一員だという言葉に、二人は驚き、証拠を見せてと言われて、シガレットケースに刻印されたその結社のマークを見せると、見つめ合って頷き、その顔はどちらも上気していた。
少年が少女に目隠しをして、私が少年に目隠しをする。そうして、二人は手を繋いで、私の車に乗り込んだ。
これから二人を連れて行くのは、あの洋館である。黄色地のビロードカーテンが飾り窓にかかったあの洋館である。
そこは数年前に私が買った。そのときには無人で、部屋からその気配、あのときに匂いは消臭されていた。けれども、ただ一つ、小さな口紅が埃を被って床に落ちていた。私はその夜に、その口紅で自身の唇を彩った。この双子にも、今夜、その口紅で化粧を施してやろう。




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