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間に合わなかった世代 講談漫画『ひらばのひと』

漫画『ひらばのひと』を読む。

講釈師、講談師の漫画である。
刊行ペースは1年に1冊くらい、8月に4巻が出る予定だ。

講談、といえば近年では六代目神田伯山の活躍で注目を浴びているが、それでもマイナーには違いない。今作は神田伯山が講談監修もしている。
落語の漫画は多いし、なんといっても、近年では『あかね噺』がある。あの、天下の週刊少年ジャンプで生き残り人気作となった作品である。

私は、万度、落語漫画では『どうらく息子』を推しているが、『あかね噺』も面白い。然し、ジャンプ、というのは少年誌という性質上、その雑誌の特性上、ほぼほぼバトル漫画の構図を持つ。ジャンルは何であれ、である。
落語においても、ライバル、自分よりも強いもの、そして認めさせたい(倒したい)大ボスの存在など、わかりやすく可視化して、少年読者を導き虜にする。大衆を狙うには、キャラクター、目的、カタルシスが、必要であり、それを逃れることはアンケート至上主義である限り、困難なことである。
週刊少年ジャンプは基本的には資本主義社会的であるため、売れる構図を必要とする。私は資本主義社会に生きているが、資本主義は嫌いなので、ジャンプの漫画も肌に合わないものが多い。

ジャンプ漫画は特に、フォーマットに則った物語の焼き直しに終始していることも多く、すべて伝統とパクリ(オマージュ)の繰り返しで出来ているからだ。何か頂点に位置する作品があれば、他の漫画は極論必要ない。それは、競技や人物を変えて同じことを繰り返しているだけに過ぎないからだ。
ただ、その繰り返しの中に顕れる差異、というものにこそ真のオリジナリティが産まれるため、傑作や名作が時折誕生する。
で、繰り返しの中に産まれる差分、その妙味というのは同じ噺をしてみせる落語や講談においては特に重要なのだろう。繰り返しこそが藝術である。

で、この『ひらばのひと』は、二つ目の女流講談師泉花、その弟弟子の泉太郎を中心としたお話である。泉太郎は講談には珍しい男の講釈師で、前座として日々研鑽を積んでいる。
そもそもがマイナーな講談の世界、現在では100人足らずしかいないと言われていて、落語家は1000人いるため、その数は十分の一である。
寄席には落語のほか講談やマジック、漫才など色々あるため、今作でも落語家の人との絡みが多い。
神田伯山さんの書籍で、落語はフィクション、講談はドキュメンタリーと大別できると書いていた。講談は落語や歌舞伎の元ネタになったものが多いとのことで、作中でもそれに触れている。

さて、絶滅危惧種に近い講談の世界で、泉太郎は自分が間に合わなかった存在だと、虚無感を抱えている。音羽亭という講談の定席場が火事で消失し、伝聞でしかそれを確認する術がない。
そして、そこに関わっていたおかみさんに自分の講談を聴いてもらいたい、それでようやく、その喪われた時代と接続することが出来ると……そのような焦慮を抱えている。

間に合わなかった世代。

これは、作家が好きな多くの読書家の方も思うところではないだろうか。或いは、美術、音楽、藝術の汎ゆるものにおいて。
例えば、私なんかも眷恋する作家は私の産まれる前に亡くなっている。
同時代に生きているというのは、幸福なことなのである。然し、その幸福を、当人たちは気付かない。
けれども、遅れてきた世代にもアドバンテージはある。
数多の文豪たちの作品を、同じ様に惚れ抜いた先達たちが編纂、蒐集し、後進が歩きやすいように整地してくれている。たくさんの僥倖を蒐めた賜物を、遅れてきた世代は贈られるのだ。こんなに有り難いことはない。当たり前ではないのだ。古書を収集していたりすると、それは切に思う。
そして、遅れてきた世代は、今をこそ必死に生きなければならない。何故ならば、今こそが遥か未来から見た神話の時代だからである。

漫画としては非常に読みやすく、2巻から登場する女子高生が講談の世界への導入部にもなっており、彼女は講談に興味を持った若い世代として描かれる。
彼女は耳がいい、いい客だと作中で描かれる。耳にいい客を育てるのも、業界を盛り上げるのに必要だと。良い読者、というもの世の中には必要である。つまりは、自分でその作品の善し悪しを判別できる価値観、読む目、知識を備え持つ、感性豊かな読者である。感性豊かな読者は作者すらも育て上げていく。それは、才能のない人間は立ち入ることすら出来ない剣山としての業界を確立させるからである。
何かの賞、誰かのオススメではない、作り上げられたムーブメントではない良き読者が自ずから見つける本。
それこそが、未来の神話の時代を生きる我々に必要な本であり、遅れてきた世代が書くべき書物なのである。

と、まぁ、何の話かわからないし、講談が関係なくなっているが、とにかくまだ3巻までしか出ておらず、ドマイナーなこの漫画ではあるが、ぜひともこの夏に読んでいただきたい。
『あかね噺』は放っておいても売れるのだ。どうせ来年にはアニメ化して、鬼のように刷りまくるだろう。
なので、公式サイトから読み切りと1話の2話が読めるので、まずはそれを読んで、そして単行本で購入しよう!(宣伝)

ちなみに、ひらば、とは修羅場のことだそうである。

まぁ、私は講談に対してほぼ無知なので、一つの漫画として面白かったのでここでオススメする次第である!


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