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哀しい生き物さ 人の心は

『ガラスの観覧車』という歌がある。

林哲司氏の作曲、歌唱の曲である。この歌は、『ハチ公物語』の主題歌である。

私は『ハチ公物語』をリアルタイムでは観ていないのだが、この『ガラスの観覧車』を聞き、あらすじを読むだけで涙が出てくる。
まさに、80年代、といった楽曲なのだが、林哲司氏は天才である。何度聴いても飽きが来ない。

『ハチ公物語』は、誰もが識っている秋田犬の忠犬ハチ公のお話である。この映画は、奥山和由がプロデュースしていて、彼曰く、『雪の中で生まれて、雪の中に召されていく』物語として描きたかったのだという。
この映画の制作の経緯は春日太一の著作である『黙示録』に詳しいが、私にはやはり、この映画は『ガラスの観覧車』なのである。

林哲司氏の歌には好きな曲が多いのだが、まずはメロディに惹かれる。懐かしさがメロディにあるのである。私が生まれたのが1980年代だから、そのようなメロディをどこかで聴いていたのか、それもあるだろう。音楽は記憶の再現装置であり、幽かに耳にした曲にすら、心に刻印されていて、それが急に水を得ると、心が潤いを帯びる。それが涙に変わる。

私が好きなの曲は『3人のテーブル』という曲である。この曲は、PVの映像が意味不明なのだが、とても切ない曲調で、聴いていて懐かしいものがある。歌詞も良いのだ。

音楽はメロディこそ大切なものだ、と私はずっと思っていたが、それは思い違いであることに、以前気付いた。歌詞の美しさに気付いたのだ。
人の声もまた楽器であり、そして、歌詞は空間も、時間も超えていって、新しい言葉すらにもなり得る。
それは、ありきたりの文言であることが多いが、然し、メロディとの結婚で郷愁が産まれる。
歌が溢れすぎると、それが陳腐なものだと思ってしまうが、歌は唄であり、詩である。詩は人の心である。

昔、ゲーム音楽のコンポーザーである植松伸夫氏がどこかで語っていたが、音楽は感情を3分で頂点まで持っていく、それ以外の媒体には、その媒体の時間に応じて、感情を運ぶ方法が求められると言っていて、たしかに、音楽は感情を瞬時で高みまで運んでいく。小説なら小説で、ゆっくりと、映画なら映画で二時間をかけて。

この林哲司氏の『ナイン・ストーリーズ』はウルトラに名盤であり、私のドライヴのお供なのだが、シンセサイザーの音がたまらない。

『ガラスの観覧車』の歌詞に、

誰かを愛さずには生きてゆけない
哀しい生き物さ
人の心は…

とあるが、ありきたりで、普通の言葉である。誰もが解っている言葉である。然し、どうだろうか。郷愁に満ちたメロディと結婚したことで、その言葉は幾千の告白よりも遥かに多分に人生の真理を語りかけるように聞こえてくる。

人には、それぞれに大切な歌があるだろう。そして、それは感情を解く鍵に繋がっている。

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