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【2023】 ハイパーインフレの実態

※以下の内容は2023年10月時点の情報です。

早くもアルゼンチンに移住して一年が経った。現地の身分証明書もようやく手に入れ、少しづつ旅行者気分から在住者としての自覚が芽生えてきた。

移住前までは、アルゼンチンが「デフォルト(債務不履行)を何度も繰り返している国」だとは聞いていたものの、実際に現地で生活してみると、日本での常識を覆すほどの凄まじさに驚かされた。

以前の記事でハイパーインフレについてのインタビューを掲載したが、今回はアルゼンチン経済についてほぼ無知だった私が一年かけて得た学びを、これからブエノスアイレスへ旅行される方にわかりやすいように、自分なりにまとめてみようと思う。いったいハイパーインフレとはどのような状況なのか。


生活は「闇レート」で行われるという現実

まず大前提として、度重なる経済危機の歴史から、アルゼンチン国民は自国通貨ペソや銀行を信用していない

「闇レート」と言うと聞こえが悪いが、新聞やニュースなどでは公式レートの隣に堂々と非公式レートが並べて表示されている。

なぜ非公式レートが存在するのだろうか。現在のアルゼンチン政府はペソの価値を保つために、個人が持つペソの口座からドルへの購入に月200ドルまでという制限をかけている。政府も外貨が常に不足する傾向にあるため、市民がドルを手に入れるのは簡単ではない。

とはいえ経済危機の歴史から学んでいる国民は、多少割高でも安全なドルに換金して保有したいと思っているため「ブルーレート」(Dolár Blue)と呼ばれる非公式レートが存在しているのだ。しかも現在ブルーレートと公式レートは3倍近く乖離している。

一例を挙げると、有名ブランドのアルゼンチン産ワインが一本15,000ペソの場合、公式レート換算では41ドル(約6,100円)となる。これがブルーレート換算では15ドル(約2,200円)で買えてしまうのだ。ドル持ちの旅行者にとってはお得というわけ。

更に驚くべきことに商品や家賃などの価格変動はこのブルーレートが基準になっている。日本ではあり得ない現象だ。

複雑な優遇レート

今まではクレジットカード決済では公式レートが適用されていたため、多くの人が割高になるカード利用を避けていたが、昨年末からクレジットカードを使うと「旅行者レート」(Dólar Turista)という優遇レートが適用されるようになった。

ただ当初はブルーレートに近かった旅行者レートも、最近は公共歳入連邦管理局(AFIP)の新しい規定により乖離してきており、2023年10月11日時点でブルーレートとは1ドルにつき276ペソも離されている。

また海外送金などではブルーレートと「MEP(電子決済市場)レート」に近いレートが適用される。MEPレートとは、アルゼンチン国内での有価証券取引を通じてペソとドルを交換する取引に適用する優遇レートだ。2023年10月11日時点でブルーレートとの差は1ドルにつき156ペソほどだ。

上がり続ける物の値段

旅行者の方から「レストランの価格を知りたい」「いくらペソがあればよいか」と事前にご質問を受けることがある。残念ながら数日間で価格が変わるため、正直言ってはっきりとは答えられないのが現実である。

一例を挙げると、昨年プエルトマデーロ地区のあるレストランに行った時、私と妻はディナーを終え2人で合計8,000ペソで会計した。一年後、私が食べた料理は9,000ペソになっていた。間違いではない。飲み物もチップも含まれていない一皿の値段なのだ。おそらく今なら2人で25,000ペソ以上は払わなければならない。

このように値段が常に変動するため、値段を外に出さないレストランやスーパーもある。

インフレ率に追いつかない給与事情

こうなると当然給料が上がらないと釣り合わなくなってくる。一般的にアルゼンチンの企業の多くは3か月ごとに給与が上がるのが一般的で、ブエノスアイレス市の公務員である私の妻もそう。

独調査会社スタティスタの調査によると、ドル換算したアルゼンチンの最低賃金は中南米の主要9カ国の中であのベネズエラに次ぐ2番目の低さだそうだ。(※1

しかも最低賃金の問題は職種によって、また給与所得者のうち正規雇用か、社会保障費を支払わない非正規雇用かによっても大きな差があるため、一概に言えないところがある。ちなみにスペイン語では白を意味する「ブランコ」(正規)、黒を意味する「ネグロ」(非正規)と呼んで区別している。

なにしろ国民の40%は貧困層で、大規模なデモや公共交通機関のストライキはもはや日常茶飯事である。

家賃が2倍に?!

家賃はというと、賃貸法によって3年契約が義務付けられており、毎年家賃はインフレ率に応じて変動する。私の住む市内のアパートの家賃は、契約更新で前回契約時の2倍に跳ね上がった。2倍も上がると聞くと驚くかもしれないが、月額のペソ払いは実質的な値引きを意味している。

私が賃貸を契約した昨年10月は1ドルが270ペソだった。それが今や1ドルが1,000ペソ前後まで暴落しており、家賃を2倍にしたところでインフレ率には追いつかないという現象が起きている。

そうなるとオーナーたちは、賃貸ではなく物件をドルで売ることにシフトし始める。そのため現在市内で賃貸を見つけることは一年前に比べて非常に難しくなっている。

ちなみに改定されたばかりの新しい賃貸法では、3年契約の義務は維持されたものの、家賃は6ヶ月ごとの更新へと変更されている。(※2

インフレ率が上昇すればするほど消費が伸びる!?

一般的に、経済が不景気でインフレが加速すると消費者は出費を控えるようになる。ただアルゼンチンの特異性は、国民が持っているペソをできるだけ早く使い切ろうと、投資したり物を購入したりレストランで食事したりと消費が伸びることである。(※3

特売があると何時間並んででも列を作って並ぶ。「明日価値が下がるペソを今日使ってしまおう」という考え方は、ラテン特有のポジティブ思考に起因するのかもしれない。

定期預金の金利は年118%!

しばらく使う予定がないお金は、通常の普通預金ではなく定期預金に預け入れることがあるだろう。日本のメガバンクは現在0.002%という超低金利なため、100万円を預け入れても、翌年に20円という無いに等しい利息しかいただけない。

私はパラグアイにいた時、永住権取得に必要だったため5,000ドルを金利3%の現地銀行に預け入れ、一年後に150ドル(当時約1万6千円)を受け取り、その金利の高さに驚いたことがある。

さてアルゼンチンはどうかというと、まさかの118%である!(※4)100万ペソを預け入れると来年218万ペソになっているというわけ。これはつまりインフレ率が年率124%だというのに、引き出せない定期預金に価値が下がり続けるペソを入れておく意味がないということ。

アルゼンチンの場合の高金利は景気の上向きではなく、銀行が発行する資金供給量を限りなくゼロにしたいがためである。そのため残念ながらアルゼンチンにおいて定期預金は得策とは言えない。

新車より高い中古車!?

価値の暴落していくペソを物に変えてしまおうと考え、自動車を購入する人たちも増えている。その影響でトヨタやプジョーなどの自動車メーカーで、納車が遅い新車より、すぐに納車ができる中古車の価格が逆転するという現象が起きている。

しかもトヨタのハイラックスは3年落ちでも新車より高いケースがあるというのだから驚かされる。シボレーのクルーズ、プジョーの208なども新車で買うべきモデルだと地元紙に紹介されている。(※5

まとめ

今回は経済のファンダメンタルズが脆弱なアルゼンチンで何が起きているかについて取り上げた。GDP(国内総生産)が世界で23位で食料自給率も高いアルゼンチンだが、英フィナンシャル・タイムズ電子版によると慢性的なインフレが続いている国に見切りをつけた富裕層は大挙してアルゼンチンから出て行っているそう。(※1

ちなみにノーベル賞を受賞した経済学者のサイモン・クズネッツは「世界には4つの国がある。先進国と途上国、そして日本とアルゼンチンだ。」と述べたといわれる。栄華を極めたアルゼンチンの衰退と、敗戦国日本の経済成長を対比しているのだ。

今や1,000ペソ札は約150円の価値しかない。アルゼンチンに旅行で来られる際はこのような特殊な事情を把握しておくと、なぜドル持ちがお得なのかお分かりいただけるだろう。

ぶえのすナイズ
マサ

出典

  1. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB170SI0X11C22A0000000/

  2. https://www.infobae.com/economia/2023/10/11/nueva-ley-de-alquileres-las-camaras-inmobiliarias-rechazaron-la-reforma-y-advierten-que-seguira-la-escasez-de-la-oferta/

  3. https://agora-web.jp/archives/230518223044.html

  4. https://www.cronista.com/finanzas-mercados/plazo-fijo-renovado-tras-la-nueva-medida-del-bcra-cuanto-gano-ahora-si-invierto-150-000-200-000-y-300-000/

  5. https://www.iprofesional.com/autos/374444-autos-usados-cuestan-mas-que-los-nuevos-casos-irrisorios

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