智慧(般若) ーPannaー 13 原始仏教×原始ヨーガ 2022年7月18日 16:14 大乗仏教の修行法、六波羅蜜の最終段階。三昧での経験により、いかなる楽しみも、必ず苦しみを孕んでいることを悟る。そのことを知った魂は、智慧を獲得し、煩悩から出で離れることができる。愛欲により、現世と来世が、不幸に変わる。現世に於ては、快楽を求めて、苦悩を味わい、来世に於いては、天界を求めて、地獄を味わう。付き合う前には、下を向いて頬を赤らめて、付き合い出したら、上を向いて眼を赤らめる。どうして怒れるのか、愛した相手ではないのか。老け出す前には、芳しい匂いを発しようと、老け出した後には、悍しい臭いを発している。どうして逃げるのか、愛した相手ではないのか。すこし脱がせば、まだ見たいと思いながら、すべてを脱がせば、もう見まいと思っている。どうして嫌えるのか、愛した相手ではないのか。小さな汚れには、悩ましい所と考えながら、大いなる穢れには、煩わしい処と考えている。どうして悩めるのか、愛した相手ではないのか。床の中の肉とは、一緒に寝ようとするのに、墓の中の骸骨とは、一緒に居ようとはしない。どうして避けるのか、愛した相手ではないのか。ある者は、安楽を得るために、財を貯めて、財が貯まる頃には、安楽を感じられなくなる。どうして、財を貯めることに、意味があるのか。ある者は、妻子を守るために、職を求めて、異国から帰るまで、何年間も妻子に会えない。どうして、業に塗れることに、意味があるのか。ある者は、名誉を得るために、戦に赴いて、名が轟く日までは、奴隷のように扱かわれる。どうして、名を高めることに、意味があるのか。ある者は、地位を得るために、敵を貶めて、敵を低めてばかりで、己を高められなくなる。どうして、敵を貶めることに、意味があるのか。いかなる楽しみにも、得る時に苦しみが生じる。いかなる楽しみにも、守る時に苦しみが生じる。いかなる楽しみにも、失う時に苦しみが生じる。このように、楽の裏には、必ず、苦がある。楽しみを究められると、苦しみに極められる。欲が大きいほど、苦楽が大きく、総じて苦しい。衆生が煩悩を求め、地獄に落ちる苦しみは、菩薩が菩提を求めて、仏陀に至れる苦しみの、実に百億倍である、どうして煩悩を求めるのか。所有を捨て、世俗を離れて、無為に徹しよ。我が身を道に委ねて、我が心を自然に任せる。天命に委ねた生命、この身命、神々さえ得難い。最初に、現世の出離を、繰り返し修習せよ。その次に、自己と他者の平等性を、観察せよ。全ての人は、私と等しい、苦と楽を有している。さながら、右手も左手も、等しく愛すよう、自分も、他人も、同じように愛すべきである。最終的に、苦楽を全て味わう点で、等しいから。入菩提行論 ダウンロード copy #愛 #仏教 #幸福 #使命 #平等 #彼岸 #智慧 #菩薩 #般若 #六波羅蜜 13 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート