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ダメな子②~発情~

 目を開けると、前田くんが隣で寝ていた。
    あぁ、一瞬忘れてた。風俗ごっこのセックスしたこと、忘れてた。
    そこにあるゴミ箱に、散乱したティッシュとともに、
    記憶ごと捨ててしまいたい。

 どうでもいい夜。
 何もなかった夜。

 
 ねぇ良介、あなたが見たら、なんて思う?またバカなことしてって思う?      大事にしろよって、言ってくれる?存在しない幻影に、
    口から出る言葉は儚い。

 ***

暦の上では秋らしいけど
まだ暑さが残る、さすが南の地。

外食産業に内定が決まったのに、Barのバイトはヤル気が出ない。

「ユキちゃん、ぼーっとしないで!注文取ってきて!」


いつものごとく、店長に叱られていた。気の利かない私。
愛想笑いも苦手。目の前で何も考えずに楽しげに飲んでる客に嫉妬心を覚えるからだろうか。いや、違う。思いやりの欠如。想像力の欠落。

その時は気づかなかったけど、今なら分かる。

 カランカラーン。

「いらっしゃいませー。あ、ヒロキーさん、どうも~」

 常連がいらした。
    いつも一人で飲みに来るけど、今日は珍しく相方がいるみたいだ。

 「おぉ、良介も一緒に来てくれたの。嬉しいね~」
 客が来ると仕事が増える。
   上機嫌な店長と違い、私にとっては全然嬉しくなかった。

 ひとつ席をとばしてカウンターに座る二人。初めての人は、特に苦手。
   何を話せばいいか分からない。今日もまた十二時越すのかな。
   早く帰ってほしい。明日も学校なのに。嫌だ。

 「ユキちゃん、注文いいかな?」
 ごちゃごちゃと騒ぐ脳内を、ヒロキーさんが遮った。
 「ビールふたつ、よろしくー」
 「はい。ありがとうございます」
 完全棒読み。けだるい思考は、モロに態度に出た。

 「ユキちゃん、もっと笑って!」
 奥でまた店長に言われる。早く帰りたいってしか思えないよ。
    いつか店を持ちたくて、外観が素敵なこのBarでバイトを始めた。
    その時のやる気はいつの間にか消えていた。

 「…ちゃん、ユキちゃん」

 「あぁ、はい、ごめんなさい、注文ですか?」
 聞き慣れない声で我に返り、顔をあげる。

 「はは、違う違う。何考えてるのかなーと思って。俺、良介。
     ヒロキと同じ音楽やってて。よろしくね」

 良介、さん。ヒロキーさんも地味だけど、この人も似たような感じだな。黒ぶち眼鏡、ぱっとしない服。店内の暗さが、地味さに拍車をかけてる。
テーブル席のキラキラ女子大生たちとの落差が激しい。

 「よろしくお願いします」
 興味の無さが全面に伝わるよう、棒読み、二回目。フル活用。

 「ユキちゃーん、焼酎ちょーだい」
 どこかのオヤジの如く、ヒロキーさんは既に泥酔していた。
   ずるい。私も飲みたいのに。 
 「はーい。どうぞ~。いいなぁ、私も飲みたいなぁ」

 なんだか我慢できずに、普段は口に出さないことを言ってしまった。

 「え!ユキちゃん、珍しい~。奢るよ!飲んでー!」
 失言が、まさかの結果オーライ。
 「うそ!いいんですか?いただきまーす♡」

 棒読みだったセリフは、一瞬で色がついた。単細胞すぎる。

 「ユキちゃん、面白いね」
 「そうなのよ良介、ユキちゃん、面白いのよ~」
 何?どこが?こんな無愛想な店員の何が面白いの?

  「あービール美味し!ごちでーす」
 自分で注いだジョッキを早々に飲みきる。
 「ユキちゃん、楽しそうだね~」
 「もー、酒あってこその人生ですから!良介さんも飲んでね~」

 ただの酒好きだ。大学に入って覚えた酒は、こんなにも楽しい世界があるのかって教えてくれた。極上の世界。飲んでたら、大抵の嫌なことは忘れられる。人格さえも変えてくれる。便利なものだ。

 「コンビニとバイト掛け持ちなの?頑張るねー。身体もつ~?」
 「毎日学校で寝てるからいいのー」
 「いや、ダメでしょそれ」

 お酒のおかげで、さっきの無愛想さは消えていた。会話も弾む。
二人でしばらく他愛の無い話をし続けた。



 「ユキちゃん、水くれない?」

 良介さん、水?
不思議に思うと、いつの間にかカウンターに頭を乗せてるヒロキーさん。

 「ヒロキー、大丈夫か~?」

 店長も声をかける。

 「ヒロキーさん、またつぶれてる。も~。いっつもなんですよね」
 「はは、ごめんね、ユキちゃん。水ありがとう」
 「いーえ」

 ありがとうなんて。ただ頼まれたものを出しただけなのに。
言われ慣れない言葉をかけられたからか、なんだか心がむずがゆい。
つぶれてるヒロキーさんに気づけないほど、夢中で彼と話していたみたいだ。

 「良介さんはよく飲みに行くの?」
 「いやぁ、あんまり。好きだけど、お金ないからなー。はは」
 「あはは、私も。だからここに飲みにきても、お客さんに奢ってもらえるのを期待しちゃって」
 「あぁ、ごめんね、俺奢れなくて」
 「あっ、いや、全然そういうわけじゃないんで!今のナシですー!」
 「ははっ。ユキちゃん可愛いね」

 可愛い?耳慣れない言葉に、ちょっとだけ心臓がうずいた。
返答に、困る。

 「あっ、ごめん、なんか変なこと言って。気にしないでね」

 弾んでいた会話が、一瞬途切れた。



 違う、ひいたんじゃない。言葉のひとつひとつに反応してしまう。

 「ユキちゃん、会計お願いしていい?」


 地味で、控えめな人。
 この人は、違うでしょ。別な人がいい。もっと顔もカッコよくてさ。
 脳内はいつもそう。いつもいつも、理性をおしつける。でも、胸の真ん中の、よく歌なんかである、締めつけられるってやつ。熱いのは、お酒のせいなんかじゃない。


 「店長、ごめんねー、ヒロキどうしよう?」
 「大丈夫よー。なんとかするさぁ。」
 「じゃあ、お願いしていいですか?ありがとうございます。
ユキちゃんも、楽しかったよー、ありがとうね」
 「あ、ありがとうございますー」

 また来てねとか、握手とか、どうしようって思ってるうちに、彼はドアを開けた。去り際の、いい香り。
なんだろう、お香の匂いだろうか。良介さんの、匂い。

 カウンターに戻り、皿洗いのシンクにいく。
キラキラ女子大生たちも、いつの間にかいなくなっていた。
 何もできなかった。何かしたかった。でも、いやだ。ダサいじゃん、
あんな地味な人。やめとけ、違う。

 …それでも。あの帽子のかぶりかた、いいな。あの太い二の腕も。優しい雰囲気も、いいな。

理性と本能の闘い。でも…。皿を持つ手が、震えてる。心臓の高鳴りは、いつだって正直。吐きそうだ。

 でも残念。貧乏学生、来ないだろうな。家、どこだろう。
もしどこかでバッタリ会ったら、なんて言おう。私のこと覚えてるかな。
ただの飲み屋の店員。どこにでもいる、カウンターの、女の子。
胸の高揚感は、ふさぎこむ気持ちに次第に負けていった。

 「ユキちゃん、先にあがっていいよ~。ヒロキーはあとでタクシー呼ぶからさ。」

 夜十二時前。いつもより早い時間。
 ほろ酔い加減で歩くのは、最高に楽しいはずなのに、心がなんだか寂しい。脳裏に浮かぶ、彼の顔。

 「星きれいー」

 寂しさを打ち消したくて、酔っ払い特有の独り言を発しながら夜空を見上げて歩みを進めた。


 どこからかふっと、あの匂いがした。あの、お香のような。

 「良介さん…なんで…」

 夢か?目の前に彼がいた。
もう二度と呼ぶはずのない名前を、再び声に出した。

 「はぁ…あっ…ヒロキ、どうしたかなって…思って…」

 走ってきたのだろうか。肩で息をしてる。

 「ヒロキーさんなら、店長が送ってくって。まだ店にいるけど」

 ふわっ。
 またあの匂い。あれ?どうしてこんなに、近い?
 まばたきから目を開けると、良介さんが、抱きついていた。

 「どうしよう、ごめん、うそだ。ユキちゃんに会いたくって」

 破裂しそうな心臓。
頭が、真っ白。やばい。

どうしよう、どうしたらいいの?見よう見まねで彼の首に腕をまわす。
密着した心臓の高鳴りがバレないようにしたいけど、離れられなかった。
子宮の奥のあたりが、ぎゅ~っと疼いてる。
でもそれが何なのかわからなかった。
そんな体感、はじめてだったから。

ゴツゴツしたあたたかい身体に身を埋めることに、心地よさを感じた。


ねぇ良介。
どうしてあの時戻って来たの。
あの時戻らなければ私たち、絶望なんて知らずに済んだのに。





------はぐみ 2020夏号 掲載作品-------
第1話 春号掲載 https://note.com/buccipucci/n/na8f5c529f892
第2話 夏号掲載 
第3話 秋号掲載
第4話 冬号掲載
第5話 2021春号掲載
第6話 2021夏号掲載
第7話 2021秋号掲載
第8話 2021冬号掲載(最終号)

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