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久遠成実とダブルビッグバンについて考える

まず初めに本記事は仏教哲学でも物理学でもなんでもない個人の形而上学的随想もしくは妄想の産物であることをお断り申し上げます。

私は文系人間ですがブルーバックスなどの自然科学系の本も大好きでよく読んでいます。また哲学・思想系では西洋哲学よりも仏教哲学の方が気に入っています。自然科学は形而上学を排し観察された事実に基づいて自然の原理を究明するものであり、また仏教は戯論といって形而上学議論を嫌い、悟りの智慧においては戯論は寂滅するといっています。そうしたことは承知の上で私は楽しい形而上学を考えるのが大好きです。楽しいので止められないのです。特に物理学と仏教哲学をまぜこぜにしてあれこれ考えるのにハマっていて最近では拙稿『読書ノート「空海の哲学」(著:竹村牧夫 講談社現代新書)』で空海の思想とループ量子重力理論に基づく情報理論の解釈の類似性を取り上げたりしていました。

数日前にヒマな時間にそうした妄想を弄んでいたところかなり整合性のとれた形而上学的着想が得られたのでここに書き記しておこうと思いました(妄想の整合性がとれたとかアブナイですね。済みません。)。

その形而上学的着想をご紹介する前にその材料となった概念をいくつがご紹介します。

1.一顆明珠
道元禅師の名著「正法眼蔵」の中の一巻です。中国の禅僧玄沙が「尽十方世界、是一顆明珠」と言ったそうでその話を解説するものです。十方とは仏教では方角のことで十方で全方位を表します。そうすると尽十方とは広大な空間を言うように思われますが道元はそれだけではなく空間も時間も因果もそれどころか主客の別さえも超えた尽きること知らないもので追っていけば巡って戻るようなことなので一なのだといっています。私の理解では客観世界(宇宙とか)を超えた真実の世界は尽きることを知らないという意味において尽にして一ということなのではないかと思っています。ちなみに顆とは粒のことで明珠とは宝石みたいなものでしょう。

2.久遠成実
法華経では歴史上の人物である釈尊が菩提樹の下で悟りを開いたよりもはるか以前の五百塵点劫という久遠の昔に既に仏になっていた(成実)と説かれます。五百億塵点が数字で劫が時間を表しますが途方もなく長い時間を指します。またこれは方便であって正確にその数をいうのではなく永遠に等しいほど長い時間ということで「久遠(くおん)」と呼ばれます。これは過去だけでなく未来に向かっても久遠ということです。

3.世界点
拙稿『読書ノート「時間はどこから来て、なぜ流れるのか?」(著:吉田信夫 ブルーバックス)』で取り上げた同書の中の言葉です。時間と空間が一体となった相対論の時空で空間を1本の横軸で代表させて時空座標を描いたときに粒子の運動は座標内の1本の線で表せます。これを「粒子の世界線」と呼びます。次に世界の全粒子について時間以外のすべての空間の無数の場の物理変数を1本の横軸で代表させた座標を作ります。これを「世界線の座標」と呼びます。この座標内で時空座標内の粒子の世界線と同じような線を引くと「世界の世界線」を描くことができます。しかし世界の世界線は便宜的なものであり時間だけを1本の軸に残したのは見やすさのためでしかなく突き詰めると世界は量子的なゆらぎを持ったスタティックな世界点になると言います。

4.ビッグバウンス
拙稿『読書ノート「すごい物理学講義」(著:カルロ・ロヴェッリ 河出文庫)』で取り上げた同書の著者ロヴェッリ氏の持論です。ループ量子重力理論では重力場の力線であるループがリンクによってつながってグラフ構造をなしていると考えます。そこでリンクに体積を、リンクを結ぶ線に半整数を割当てます。リンクを結ぶ線はスピンと呼ばれます。空間の量子的状態を記述するグラフはリンクに割り当てられた体積とリンクを結ぶ線に割り当てられた半整数によって性質が決まります。これをスピンネットワークと呼びます。スピンネットワークはそれ自体が空間です。空間の中で起こった出来事をスピンネットワーク自体の変化も含めて起こった順序に積み重ねると時空間の小箱が構成できます。ループ量子重力理論では空間を形作る量子のリンクは不変ではなく結び目が開いて2つ以上の結び目になったり2つ以上の結び目が合流して1つになったりします。こうしたリンクの変化の様子は時空の小箱の中では線として描けます。そうするとリンクを結ぶ線は面となり、リンクの結びつきの変化に応じて石鹸の泡のような構造を生み出します。時空間はスピンネットワークの結びつきの変化が生み出すスピンの泡(スピンフォーム)なのです。
一般相対性理論ではビッグバンに遡り宇宙が小さくなりすぎると自重で潰れてしまいます。しかしループ量子重力理論ではスピンフォームが無限に小さく潰れることはできません。そこでロヴェッリ氏は宇宙の収縮が進むと「反発力」が働いて膨張に転ずるのではないかと言います。ビッグバンの前にあった宇宙が収縮して反発しビッグバウンスが起こるといいます。

5.永遠回帰
哲学者ニーチェがその著作「ツァラトゥストラはこう言った」で提示した考えで時間が無限で物質界が有限であるならば決定論的な物理学を適用すると同じことが永遠に繰り返されるというものです。これについては拙稿『第一原因の消去とエントロピーの関係について考える』で永遠回帰の思想的意味をさておいて形而上学として考えるとビッグバウンスや世界点は永遠回帰の現代版なのでないかという考えをお示ししています。

材料が揃ったところでまずは例の形而上学的着想を図でお示しします。

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図だけを見ても何のことか分からないと思いますが順次解説していきます。図の左右に原球Qというものがあります。宇宙の原点Oを考えると物理法則が破綻してしまうらしいのでプランク長とプランク時間以上の幅を持った時空の球を考えこれを原球Qとしました。左の原球Qから発して右方向へ上下に広がる2本の線が膨張するビッグバン宇宙を表します。時間は右方向に流れます。右の原球Qからも左方向へ上下に広がる線が発しています。これが反ビッグバン宇宙を表し時間は左方向に流れます。ビッグバン宇宙と反ビッグバン宇宙は量的につり合いがとれているとします。これが本記事のタイトルに入っているダブルビッグバンです。

便宜上、左右に分けて描いていますが2つの原球Qは全く同じものであり図の中で一巡して元に戻る構図になっています。宇宙は加速膨張しているようなので本当は原球から伸びる線は一定の傾きを持った直線ではなく上下に大きく開き続ける曲線なのでしょうがそこは方便と思ってください。

原球Qの左右から伸びる各2本の線は図の中央で交差して菱型を作ります。これを世界菱と呼んでいます。この菱型の内部の事象は同じ時間線上では外部と関係を持つことができないので菱型の内部の時空が世界全体となるためです。中央の灰色の縦線は左右の宇宙が同じ時間で交差する特別な時間線になります。これを便宜上、成実界面と呼びたいと思います。

量子力学では素粒子は一定の確率で崩壊するとされます。原球Qから成実界面に至るまでにほとんどすべての素粒子が崩壊するのに十分な時間が流れるものとします。この時間は有限ですが途方もなく長く我々から見れば永遠に等しいものです。これを量子(quantum)と仏教の久遠(くおん)をもじってquan(久遠)と名付けました。成実界面ではビックバン宇宙も反ビックバン宇宙もほとんど無に帰しているためほとんど何の障害(仏教用語でいえば罫礙)もなくすり抜けます。すり抜けた宇宙は成実界面の反対側では世界菱の上下にも展開しています。

ビッグバン宇宙が成実界面をすり抜けた後、ビッグバン宇宙の時間の方向から反ビッグバン宇宙を解釈するとビッグクランチに見えます。そして原球Qに吸い込まれるとビッグバウンスを起こします。反ビッグバン宇宙が成実界面をすり抜けた後についても同じことが成り立ちます。

このように考えると世界点とビッグバウンスと一顆明珠は同じものであり世界菱と同一となります。

さらに世界菱の内部の状態について考えるとそこにはスピンフォームが詰まっていると考えられます。スピンフォームは我々が観察できる時空や物理量ではありません。スピンの泡は確率的に存在するだけであり我々は波束が収束した状態しか見ることはできません。そしてスピンの泡の存在は確率的に常にゆらいでいます。それを表現したのが成実界面の上下にある時間tに虚数単位を並べて描いたものが世界菱を挟むように上下から流れる様子を表現した記号です。なおこれは数学的な意味を持つわけではなくイメージとして書いてみただけです。

世界菱全体のスピンフォームのゆらぎもquan(久遠)に続くものとするとビッグバン=ビッグバウンス後の宇宙において確率的にとり得るすべての初期状態がスピンフォームのゆらぎの中で既に実現されたと考えられます。そしてその初期状態に対応して世界菱の内部がとり得る状態もすべて既に実現されたはずです。ロヴェッリ氏のループ量子重力理論に基づく情報理論の解釈によれば宇宙全体が持つ情報=とり得る状態の数は有限だからです。ただしこの既に実現されたというのはスピンフォームのゆらぎ=縦軸の時間の中であって実の時間=横軸の時間の中の話ではありません。図では縦軸の時間と空間がごっちゃになっていますがそれも方便と思ってください。

ここに至ると世界点=ビックバウンス=一顆明珠=世界菱は永遠回帰の現代版となります。ただし回帰が起こるのは実の時間ではなく縦軸の時間です。そしてそのことが久遠成実の形而上学的解釈となります。このため図全体をquan(久遠)成実図と名付けています。なお大乗仏教では久遠成実を形而上学的に解釈するなどということは認められていないことは重々承知しております。

世界菱の内部と外部はそれぞれやその両者を足し合わせればゼロ又は何らかの一定値(原球Qが本来持つ値)になるのであらゆる保存則やエントロピー増大の法則とも矛盾しないと思われニーチェの永遠回帰が持っていた物理学的弱点も克服できそうな気がします。

原球Qが何次元球かは分からないのですが成実界面も原球Qの球面と同じ次元を持つとすると世界菱は原球Qから成実界面への一対一写像となるので原球Qと成実界面は本質的に同じものかもしれず、ますます世界点っぽくなります。

以上がこの図の解説となります。こんな妄想に最後までお付き合いくださった皆様には感謝申し上げます。

〔追記 2021.4.23〕
あらためて記事を読み直してみたところ我ながらよく分からんなーとか詰めが甘いなーと思うところが多々あったので特に誰からもご意見・ご感想はいただいていないのですが自分自身が抱いた疑問をもとに解説の解説をQ&Aの形にまとめましたのでご笑覧ください。

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