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【小説】クリスマスなんて大嫌い

「めっ、メリークリスマス。ゲンキーズピザです。」
毎年のことだが、つい、上擦った声になってしまう。他所様の家の玄関前でアツアツのピザを持って挨拶する。そんな仕事をして、気がつけば10年経っていた。

今年もぼくの大嫌いなイベントの時期が来た。いやっ、多くのピザの配達員が嫌いなはずであるクリスマス。そうでなくとも、クリスマスなんて大嫌いなのだ。決してモテないからとか、そんな理由ではないことは予め伝えておきたい。

我が家にはクリスマスになにかをするという習慣はなく、一人っ子だったぼくはそれに疑問を持つこともなく大人になってしまった。いくら街の装いが変わり、陽気な曲が流れていようが、美味しそうなチキンやケーキが街に溢れていようがまったくの無関係。
ましてやクリスマスプレゼントなど貰ったこともない。唯一ある想い出と言えば、幼稚園でクリスマス会があった夜、一度だけ、試しに靴下を枕元に置いて寝てみたことがあった。起きると、きっちりと洗濯場に靴下は干されていてた。小学校に上がった頃には(サンタなんていない)とちょっと捻くれて育っていた。

そんな自分が18歳になり、就職先に選んだのはピザ屋さんだった。お客様から注文を受けて、調理して配達する。人付き合いが苦手だったので、そのシンプルな作業は自分の性に合っていた。

いいと思える仕事でも、クリスマスの時期だけはとかく嫌だった。通常は、制服で配達するのだが、クリスマスシーズンだけはサンタクロースの格好をする。お客様が求めているのはアツアツのピザであって、サンタクロースの格好なぞ、望んではいないだろう。 意味がわからなかったが、しぶしぶ衣装をまとっていた。

とあるマンションに配達に行ったときの話。ピンポーン。チャイムを鳴らし、「ゲンキーズピザです。」といつもの挨拶をする。「ありがとう。ご苦労さま。」出てきたのは彼氏のほうだった。ここまではいつものやり取りで悪くなかったが、その後に腹が立つことがあった。
すぐ後ろには彼女らしき女がいて、こんなことを言ってきた。「サンタの格好で配達とか、マジウケるんだけど」冷めたように言われた。「ハハハっ」と笑って誤魔化して、部屋を後にしたが(したくてこんな格好してんじゃねーよ)と、心の中で女をボコボコにしていた。

◇◆◇◆

(今年もこの季節がきてしまったか)そう思っても避けては通れない。お店にとっては、最大の稼ぎどきだ。当日を迎えるまでは忙しいといっても、しれている。大変なのは、クリスマスイブとクリスマスの2日間。その2日間が終わると、とにかくグッタリだ。

しかし、今年のぼくは少し違う。そのあとに楽しみが待っている。28年間の人生で、はじめて彼氏と過ごすクリスマス。きちんとプレゼントも用意した。普段買ったことがないから、ネット検索したりして探しに探した。

そうして、迎えたクリスマスイブ。朝から注文の電話はひっきりなし。電話応対で1人取られ、調理に1人、残りのメンバーは入れ替わり立ち替わりで配達や調理に走る。正直、そのときは制服がサンタクロース姿だなんて気にもしていない。

最初は時間通り配達できているが、ピークの夕方頃からは配達に遅れがでてくる。予め、電話で遅れる可能性があることは伝えても、どうしても突っかかってくるお客様は出てくる。

「ちょっと!30分以内に配達するんじゃなかったの?1分過ぎてるんですけど。割り引いてくれるの?」とか「だいぶ時間経ってるね。ほらっ、冷めちゃってる。タダにしてよ。」などと言われ、最初の頃は対応に困ったものだ。今では適当に平謝りして、代金を払ってもらい、すぐに引き上げるようになった。

閉店の頃には配達に2時間遅れなどもでてくる。さすがにそこまではいくと、こちらからキャンセルのお詫びの連絡をさせてもらう。それほどに忙しい。クタクタになり、家に帰る。キャンセル分のピザを1枚もらい、シャワーのあと、1人ゆっくりとピザとハイボールで乾杯。明日は2人でワインで乾杯かなんて考えながら、彼氏にLINEする。(楽しみにしてるよ(^з^)-☆)との返信に、ほろ酔いの自分の頬もほころぶ。

気がついたら眠ってしまっていたらしい。朝9時に目が覚めた。明日は休みも取ってるし、今日一日頑張れば!やる気を出して、家を後にする。彼氏は家でぼくの帰りを待っているという約束をしている。温かいスープや飲み物を用意してくれるとのことで楽しみで仕方ない。

◇◆◇◆

職場に到着。なんだかサンタクロースの衣装をまとうのも悪くないかもなんて着替えていたが、電話の着信音で現実に戻された。 なんで皆んなそんなにピザを頼むの?というほどひっきりなしに電話がある。ピザをカットして、箱に入れ、ナゲットも入れて配達へ。ひたすらその繰り返しだ。

「おっせーよ。ふざけてんのか?」そんな怒声も今日は我慢我慢と言い聞かせて、大人な対応をする。実際、どんどん時間はずれ込み遅くなってしまうのは申し訳なくなる。そんな時「今日は忙しいでしょ?風邪ひかないようにね。頑張って。」と言ってくれるお客様がいると(神様や)と救われる。そんな瞬間もあるのでなんとか投げ出さずに仕事できるのである。

そうして、あっという間に閉店時間を迎えた。今日もやはり配達しきれないお客様へはお詫びの電話を皆んなで入れる。ひと段落つくと、みんなでその場に座り込んでしまう。これも毎年のこと。「みんなお疲れ様。余ったピザとかいくらでも持って帰ってくれていいからね。ありがとう。」店長の合図で業務終了だ。

(あいつは照り焼きピザが好きだったな)ときちんとピザをキープして、帰り支度する。例年なら、先輩たちと飲みに出る所だが今日は違う。「あれ、今日は飲みにいかんの?」と聞かれたが「今日は予定が、、」「おっ、もしかして女か!?」その言葉は無視して「お疲れした」と店を後にする。

◇◆◇◆

急いで車を走らせる。そんなに焦らなくてもいいが、心はウキウキと踊っていた。ふと、窓ガラスに雪がちらほらと舞ってきた。「ホワイトクリスマス♪」なんて柄でもなくつぶやくと、FMからは定番のクリスマスソングが流れた。気がつくと、口ずさんでいる自分がなんだか不思議で笑えた。

マンションの前に到着。ドアノブを回すと、鍵がかかっている。(あれっ、なんで?)彼氏には合鍵は渡してあるし、いるなら閉めとく必要もないのに。用心のためかと思い、自分の鍵で開けて部屋に入る。ポストに合鍵が入っているのが、いつもはしない金属音でわかった。部屋は真っ暗で、テーブルのスタンドライトだけが光り、ポインセチアが置かれているのが見える。

部屋はひんやりとしている。人の気配がない。テーブルのポインセチアの横にメモが置いてある。嫌な予感がする。メモを見てみると、そこにはこう書かれていた。
"ごめん。もう無理や。"
ぼくの頭がホワイトアウトしていった。膝をついて、しばらく呆然としていた。
(どうして。昨日までなにも変わりなかったのに。どうして。)頭の整理が追いつかない。

すると、突然部屋の電気がついた。後ろを振り向くとサンタクロースの格好をした彼が立っていた。自然と涙が溢れる。そっと、彼は後ろからぼくを抱きしめる。「びっくりした?」と茶目っ気たっぷりに笑う彼を怒ることなんてできやしない。

つくづく思う。
ぼくはクリスマスなんて大嫌いだ。

おしまい


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