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ある南米の独裁者

海は、煉獄の深淵まで続く巨大な聖堂だ!!
そこでは厳格なミサが毎夜、繰り返される。
ただ単調に。
奉献に始まり、
途中の「暗闇の朗読」(ルソン・ド・テネブレ)、
終焉のミサ(イテ・ミサ・エスト)まで
カイアシ類達は歌うのだ。
言葉(シナクシス)が省かれ、
淡々と儀式(エウカリスティア)だけが行われるミサは
そう、
人間味の無いミサだ!!
骨のミサだ。
稀に短いミサ・ヴレヴィスが展開され、
しかし、そういった異音の儀式も、
繰り返されていく濁流の中で
通模倣であると気づく。
即ち、海は死滅すらも愛し、
それを対位法として内包するのだ!!
見ろ!!一夜にして錆びた岩礁で繁栄していた
十字架の様な二枚貝(ミティルス)が
死に襲われる全滅する様を。
そのミサには、しかし、欲望は生存しない。
熱い命は海の底では生きてはいけないのだ。
決して灯の灯らない海底のミサでは、
青い死が愛され、熱は殺される。
ならば、波と戯れる少年よ!!
お前は異物なのだ。
だが、少年はそんな事を知らない。
情熱と好奇心を持ち、
ただ、彼は目の前の死の死(ムエルト・デ・ラ・ムエルト)、
あるいは、死によって膿んだ傷口が
束の間に生み出した嘘の塩に魅了される。
それは命ある者にとって、
無機の仕掛けた罠に過ぎないというのに!!
少年は必死に褐藻の茂る岩を掘り起こすのだ。
夢中になって!!
彼にとって、足に噛り付く異尾下目達は魅力的だが、
その多さにそろそろ飽き飽きもしている。
異尾下目はとにかく数が多い。
彼らは小石の様に無造作にその命を投げ出す海の破片だ!!
だからアノムーラにも、メイウラにも、
死(ムエルト)が内包されているではないか!!
だが、ある岩の裏に、彼は熱望していたものを
ようやく見つける。
ポリチェイラだ!!
彼の心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
手足が岩で切り裂かれ、
キリストの様な血(スティグマ)が出るのも構わず、
少年はポリチェイラをポケットに入れる。
だが、その興奮が収まらぬうちに、
彼はもう一匹のポリチェイラを見つけるのだ。
なるほど、二匹目は良い。
それに!!沢山の砂を含んだ素晴らしいポリチェイラだ!!
しかし、彼は三匹目を見つけた時に懸念を抱く。
そう、この砂地はポリチェイラだらけだ。
彼はそれでも見つけられる限りのポリチェイラを
岩のくぼみに集める。
何百匹ものこの愚かな棘皮類を集めた時、
少年の情熱は幾分か落ち着いている。
しかし、彼の海に対する、
命に対する熱情は冷める事はない。

やがて月日が経過して少年は逞しく成長している。
細かった腕は強く盛り上がり、
愛らしい目は思慮深く変化した。
顔には若干、憂慮な皺が刻まれ、彼の命を引き立てるのだ。
そして、多くの男達がそうである様に、
彼の逞しい腕は、その拳の力を振り下ろす先を愚鈍に探す。
多くの少年達が青年になった時にそうである様に、
彼は海で遊ぶ事はもうない。
それでも、その熱情は彼の中で燻り続ける。
あの海に求めた欲望は消え去る事がないのだ。
仲間が、
党員の男が、彼に手紙を渡す。
秘密裏の手紙だ。
危険な血を誘発する呪われた要因。
彼はもうポリチェイラを追い求める歳ではないが、
やはり、それでも何かを探している。
強い拳を振り下ろす先を。
岩の下の命を。
彼の人生の中に愛はあっただろうか?
あった!!
彼も彼なりに恋をし、人を愛した事があった。
一瞬だけは。
だが、その熱情を維持するには彼の力は強すぎたのだ。
彼は溺れ、奢り、そして、そこに人生を見出せなかった。
知性が足りなかった訳ではない。
信仰心も人並みには持ち合わせていた。
ただ、向いていなかったのだ。
社会でなく、目の前の自分を孤高に見つめる事に。
己の魂を見つけ、一人その深淵を探る作業は、
彼には鈍調過ぎたのだ。
それよりも彼の中にある熱は、昼夜、彼の脳を熱し、
彼を駆り立てた。
「革命だ!!」
党員は言った。
政治に興味を持つ程、正しさも、悪政(イェルダード)も
愛していなかったが、
それでも彼は、自分の拳の熱を冷ます為に、
地下に誘われ、演説を聞いた。
時には討論にすら参加した。
人を愛す事、己の魂を愛す事が苦手な者は、
社会の仮面をつけるものだ!!
彼も例外なく、誰かを愛したふりをした。
世界を愛したふりをした。
男を気取った。
しかし、それは彼の中にある熱望の様な真実では無かった。
偽りだったのだ。
そして彼は正義を知らないまま、正しさを語った。

そんなある日、誰かが彼に登壇する様に進めた。
彼の中には何も話す様な事が無かった。
なぜなら彼は、本質的な部分では
党に興味を持っていなかったし、
恋人の心を知らなかった様に、
政治の本質を何も知らなかったからだ。
すなわち、政治の本質とは所詮、嘘の塩であるという事。
派手に蒔かれるが、実の所、
それは人の見る夢に過ぎないという事。
そこに何の意味も無いのだ。
だが、彼は様々な無意味な力により、
壇の上で話さざるを得なかったので
(力は往々にして、人を無意味な方向に行かせるものだから)、
彼は話した。
始めは自分でも何の話をしているのか、
わかっていなかったが、
不思議な事に、徐々に自分が
海の事を話している真実に気づいた。
政治の事を熱く語っている様で、
彼は海の事を話していたのだ。
海に対する熱情、
消え去らない欲望、
欲する命。
散らばる異尾下目。
無数に息をするマキシリョポーダ。
見ろ!!
彼を!!
人生は短い夢(ミサ・ヴレヴィス)なのだ!!
操られた儀式だ。
茶番なのだ。
皆、彼の演説に拍手喝采を送った。
皆は、彼の話が政治の話だと思ったからだ。
謎めいた海底の生き物の名前は、
将軍を倒す隠語だと人々は考えた。
「素晴らしい!!この青年はすごい熱情を持っているよ!!」
その後、数年はアンジェリコ氏に、
党員の力ある男に対抗させる為に、
青年は主に党員達に利用された。
だが、彼も白痴では無かったので、それを逆手にとって、
赤い服を着た道化師達を蹴散らしたりもした。
そうして蹴散らした男に対して、
時には手を差し伸べて感謝をさせた。
そう。感謝をさせたのだ!!
彼が恋人に伝えた誓いの様に、
そこには真実など無かったのだが。
いつの日か、彼は力を持ち、
誰もが彼の話を聞き入る様になった。
とはいっても、彼はずっと
海の話をしていただけだったのだけれども。
そして、ある日、革命が成され、
彼は最も力を持つ者となった。
国を手に入れたのだ!!
しかし、彼の欲望は冷める事はなかった。
彼はもっと別の何かを求めた。
宇宙の様に果てしない何かを求めたが、
老いた彼には、それを見つける体力が最早無く、
それが何なのかも、もうわからなかった。
ただ、彼はそれでもそれを求めた。
あらゆる手段を使って、それを探した。
時には多くの人々を焼き殺し、村人を射殺した。
随分と豪華な南極ガニ(セントージャ)を食べたものだが、
それも意味はなかった。
いつの間にか彼にとっては、もう全てが砂地の砂だった。
大昔、愛せなかった時の様に、全ては色の無い砂だった。

そんなある日、再び革命が起きたが、仕掛け人はもう彼では無かった。
その時にはもう誰も、
彼の[海の話]を聞きたがる者はいなかったからだ。
ただ、[私は海に行きたい!!]というだけのたわいもない話を。
結局、大勢の武器を手にした者達が
宮殿に雪崩れ込んで来た時、
その血にまみれた武器を持った人々は、
彼の死体を発見した。
そして、仲間の大衆の元に持ち帰る為、
その首を切り落としたが、
その時、人々は、彼のポケットに
何かが入っている事に気づいた。
それは海水に濡れた黒い一匹のポリチェイラだった。
ミサは行われたのだ。
その厳粛なミサは、青い死を愛し、決して熱情を許さない。
熱は殺され、少年の欲望はようやく海のものとなったのだ。



スペイン・オペラ楽団「墓の魚」
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