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リトルキャンバス 【バングラデシュ編】

■ダッカ到着■

 インドの東隣、バングラデシュにやって来た。バングラデシュには季節が6つあり、この時期はモンスーンだというので心配していたが、おおむね晴れていて、涼しいくらいで過ごしやすい。

 長期旅行者でさえ、この国にいだくイメージは、「世界最貧国のひとつ」「外国人だというだけでスーパースターになれる」というだいぶ現実とは乖離したものである。ましてや関心のない日本人にとっては地図上どこにあるかすら全く想像もつかない国だろう。

 首都ダッカを歩き回っている限り、他のアジア諸国に比べひどく貧しいという印象は受けない。ひとは親切でやさしく、困っていれば助けてくれる。

↑イスラム教のひとたちも多くみかける

インド人:見返りを期待する親切
バングラデシュ人:見返りを期待しない親切
という違いがあるようだ。これは観光客や旅行者が少ないというということも理由のひとつだろう。

 町歩きをしていると、スコールによくあう。仕方なく軒先で雨宿りをしていると、ちょっとこっちへ来てチャを飲まないかと誘われる。そのままひとだかりができて、あれを食え、これを食えとなる。

 その後、インドの場合は、フレンド価格にしておくから、これを買わないかなどとピラニアのように食いついて離れない、商売根性を発揮する人たちが多いのだが、バングラデシュでは、じゃあバイバイ、またこの国にきたらぜひ連絡頂戴ね、となる。お礼をしようとしても受け取らない。心が広い。

 線路沿いに大きなスラムがあった。悪臭と不衛生さに、立ち寄ることができなかった。船着場の近くには、足を怪我して、右足首から先を切断された少女がいた。汚い包帯には血がにじみ、ハエがたかっている。
「アッサラームアライクム」と声をかけるが、いやそうな顔をして、どっかいけという仕草である。こういった子にこそ絵を描いてもらいたいと思ったのだけど、そばにいるだけで、いたたまれなくなってその場を離れてしまった。

 本当に、自分が救いたいと思う子に、絵を描いてもらいたい。そしてお金を手渡ししたい。だけど案外やってみると大変難しい。できたとしても、結局その場限りのことなのだ。

 だけど、それでもいいのではないかとも思う。明らかに日本より貧しいこの国に、日本の誰かからお金が届く。そういうことだけで世界の不均衡は少しなくなるかもしれないのだから。

↑おそらく毎日、ゴミ拾いをして生活費をかせぐ少年・エナム

■4人の少女■

 首都ダッカから、電車で北東へ数時間、茶畑の広がる高原の町、シレットへ着いた。

 線路の近くであそぶ4人の少女のそばに寄って、絵を描いてもらった。この子たちの上半身が裸なのは、決して気候が暑いという理由ではないのだろう。

■バングラデシュという国■

 バングラデシュには、ダッカとシレットという2つの町で合計10日間滞在していました。

 この国の大半は標高が9m以下であり雨季には国土の3分の1が水没します。電車からの眺めはさながら沼の中を走るようでした。しかしだからといって、バングラデシュ人は、この水を災害だとはとらえず、上流からの養分を含んだ豊富な土が毎年流れ、土地は疲弊せず作物も元気に育つという具合です。

 従来のガソリンから、コストが1/5以下の圧縮天然ガスを利用し始め、排ガスも抑えられ、かつての大気汚染都市というイメージもなくなりつつあります。

 またビニール袋の使用・製造を禁止したため、お持ち帰りのときは、たいてい新聞紙や紙の箱を使います。日本でガソリンとビニール袋禁止なんてまず無理ですからこの国のほうが逆に環境先進国ともいえるくらいです。

 水は豊富、食料も燃料も自給できているということは、それほどこの国は貧しいというわけではない、というのが自分のいだいた感想です。おそらくそれは、独立後何十年も、日本や各国NGO団体などが支援してきた結果だと思います。

 たしかに、線路脇にひろがる大きなスラムはありますが、とりあえず、食べ物に困っているという様子は見えません。

 意外なことに、道路はきれいに舗装されています。電車内でもティはカップにソーサー付で出てきたりします。インドよりも精神的にはとても余裕のある心の広い国民性なのではないかと思います。

 過剰な人口増加に対する、仕事や産業があれば十分バングラデシュという国は、やっていける国なのではないでしょうか。

 自分の目と足で、世界の国々を見て周る。やっぱりそれが一番大切なことであると感じています。

↑左上のバングラデシュの国旗は、日本と色違い

インスタグラムで、子供たちの絵と写真を載せています


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