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【ショートストーリー】絶対に中止になる長距離走大会

 (地域レポート:長距離走大会をめぐる動き)

 「玉石混交ランニング大会」が、9月6日に発上(はつのぼり)自然公園で開催される。今年で38回を数えるこの大会だが、1つ変わった点がある。なんと、この大会は初回から37年連続で中止に追い込まれているのだ。

 「ランナーがゴールテープを切る光景を見たことがない。どうにか今年は無事に開催を終えたい」と語るのは、この大会の事務局長を務める西青山秀晴氏(64)だ。5年前、先代の事務局長から「どうにか大会を開いてほしい」とスライディング土下座をされ、断りきれずに業務を引き継いだ。「過去の事務局長が、涙ながらに退任の挨拶をしてきたのを見てきた。この大会を無事に終了することが、我々市民の悲願なのです」と、西青山氏は力強く語った。

 なぜ、こんなにも中止の流れが続くのか。「市民の日」である9月1日に合わせて、毎年9月の第1日曜日に大会が設定されている。秋雨や台風の季節と重なっていることもあり、荒天による中止が16回を数える。会場となる公園は、1年間の入場者が90万人と多いため、公園を複数回にわたって封鎖するのは難しい。ただ、これは中止例の一部に過ぎない。

 本質的な問題は、事務局側とランナー側の双方にある。第9回大会では、参加ランナー全員が、「深谷葱雄」という偽名を使用してエントリーしたために事務処理が大混乱。準備が間に合わなくなり中止となった。第23回大会では、発走時刻までに誰1人としてスタート地点に並ばなかった。ランナーたちは、近くの屋台で焼き鳥をほおばっていたのだ。さらには事務局の内部分裂で2回、補給ドリンクが全て盗まれた不祥事で3回、エントリーする選手が誰もいないために5回、それぞれ中止になっている。事務局とランナー有志は「これ以上ふざけません協定」を2005年7月に締結した。しかし、この年は事務局長の一方的な宣言により、マラソン大会の代わりにペタンク大会を開くことになった。大会当日に壇上で高らかに宣言する事務局長を見て、選手たちは水風船を投げつけて抗議したという。

 「完走できる日を待ちわびている」と語るのは、市民ランナーの小川町太郎さん(55)。当時高校生だった初回から、定期的にエントリーしている。今では大学生となった息子と、2世代通じて大会の成功を待っている。「今年は、皆が真面目にトレーニングをしているから、大会は絶対に成功できる。完走したら、盛大な飲み会を開く」と自信を深める。今年購入したユニフォームに袖を通し、小川さんは大会へ向けて地道に練習を続けている。

 インターネット上では、この大会が定期的に話題となっている。中には「いい加減に失敗から学んだらどうか」、「失敗する大会にわざわざエントリーする人の気が知れない」などと、冷ややかな意見も見られる。

 「そのような発言をするのは、地域事情を知らない他県の人でしょう」と発言するのは、発上市の花園吉匡市長(46)だ。「地域住民はこの大会を誇りに思っている。一部にふざける人はいるが、多くの人々が大会成功に向けて、真面目に準備をしている」と強調する。地元の第千銀行と事務局が提携しているため、意外なことに参加費の返還をめぐるトラブルは一度も起きていないのだという。

 昨年は公園に複数台のトラクターが誤侵入したため、競技途中で中止となった。反省を踏まえて、事務局は農協を通じ、農家に大会への協力を呼び掛け始めている。37年の失敗を乗り越えて、大会を成功へと導けるか。事務局と市民の連携が求められている。


※この作品はフィクションです。実際の人物・団体・イベント等とは一切関係がありません。

※2020年5月10日内容一部修正

(文:きゅえすた)

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