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A4一枚の憧憬描写【憧憬のピース】2歳第一話『れっくうのツバサ』


 浮遊する重力の上をボクは歩いていた。

 青磁色の床は細かに震動したり、僅かに傾きながら多くの乗客を受け止めている。

 空間を引き裂いて突き進む紡錘形の白い機体は、外からの重々しい攻撃を跳ね返していて、ずっと闘っていた。

 それはボクらを命懸けで守る鎧のようでもあり、強大な暴風に立ち向かう勇敢な剣のようでもあった。

「これはね、飛行機ってゆうんだよ。ほら、ツバサだってある」

「ボク?」

「ああ、うんうん、そうだね。翼って、ほら、こっちへ来てごらん。あれ、あの白いのが、見えるかな? 翼ってゆうの」

 おばあちゃんは、まるでママのようだ。

 ボクの知らないことをたくさん教えてくれた。

 最初に目が合ったのも、多分この人だ。

 今、ママはよくわからない男の人と、席でお話をしている。

 そのあいだ、おばあちゃんがボクに寄り添ってくれた。

 円く膨らんだ窓に顔を近づけて、その右斜め奥を見据えると確かに雄大な片翼が姿を現した。

 だが、それ以外の角度から円窓を眺めても、平たくて真っ青な一色の空が、ただそこにあるだけだった。

 どの窓を見ても同じ色の青い風景ばかり。

 家のバルコニーから仰ぎ見た、色彩豊かに透き通るあの華やかさが、どこにも感じられなかった。

「窓のお外みるの、面白いかい」

 腰を落とし、眩し気に薄目をしばたいて、本当のボクを真っ直ぐ捉える。

「うーん、空ばっかで、つまんない」

 ボクは六つの窓を指差して、この空も、この空も、これも、ここも、ぜーんぶおんなじ色してる、と言い残し、ママのいる席に駆け込んだ。

「もう、見て来たの」

「ずいぶん早いなあ」

 ママと、その隣で足を組んでいる男の人は、あの変わり映えのしない景色を長時間楽しめるみたいだ。

「つまんなかった」

「んー、そっか。じゃあツバサは何してるの。まだ長いよ、時間」

「座っておえかき」

 フカフカなシートに窄まって、機内の人たちを眺めながら、自由にペンを走らせる。

 うちにいる時とあまり変わらないけれど、こっちのほうが温かくて居心地がよかった。


 紺碧の空は真上に吹き飛ばされていった。

 軌道が斜め下に切り替わる。

 陸地の一点に的を絞り、窓から見える風景が、その着陸地点へと瞬く間に引き寄せられては、空港との射角と、進入灯が一線に重なり合う。

 迫り来る衝撃に備えて目を瞑った。

 けれども、固いはずの滑走路はしなやかに機体を弾ませていて、どうやら無事に夜景の中心部に降り立ったようだ。

 乗客の列に三人で並ぶ。

 押し出された先で待っていた「フクオカ」という名の新天地は思ったよりも無機質で空港の中に帰ってきたみたいだった。


スクリーンショット (53)

🔆新プロジェクト始動!

🔆【憧憬のピース】とは・・・?🔆

A4一枚に収まった超短編小説

 自身の過去(憧憬)を基にして、創作するプロジェクトのこと。

 情景描写で憧憬を描く『憧憬描写』で、

 いつか、過去の人生がすべて小説になる(ピースが埋まる)ことを

 夢見て・・・


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