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A4一枚の憧憬描写【憧憬のピース】7歳第八話『虹組の王子様』


 マンモス幼稚園で、ボクはひとりぼっちだった。

 白い帽子と黄色い帽子、赤い帽子が咲いた園庭を、エメラルドグリーンの手すりに頬杖しながら毎日眺めていた。

「ツバサくん、かみしばい、やるから、中に入って」

 いつも先生に教えられて、バルコニーから室内に戻る。

 今日は声出すのじゃなければいいな、と不安に足を引きずり、昔話だとわかると、食い入るように物語を見つめた。

 紙芝居が終わると、次はなんだ、と先の見えない恐怖に駆られる。

「まーだー、お昼まで、時間が、あるから、

 みんなで、手遊び、やりましょうね」

「はーい」

 先生に何を言われても、みんなそろって元気よく返事をした。

 だから、特に乗り気でなくても手遊び歌が始まる。

「おーちた、おちた、なーにが、おちた」

 また『おちたおちた』だった。

「かみなりー」が落ちたら、頭をふせるだけのカンタンなゲームだ。

 でも、この紫の先生の「かみなりー」は言い方が怖い。

 目を血走らせて、歯を剥いて、鼻の穴を膨らませて大声で「がみなりぃー」と急に叫んでくる。

 五周目あたりからスピードアップした。

 紫の先生は息を熱くしながら、なかなか失敗しない子どもたちに苦戦して、汗でびしょ濡れになっている。

 先生の声が嗄れてくると、だんだんと可哀想になってきて、ボクと数人の女の子はわざと失敗した。

 ロッカーに置いた水筒をつかみ取り、麦茶を喉に流し込む。

 外がまぶしい。

 駆け出すと、お天道様がランチルームまでの道を真っ白に熱していた。

* * *

 ごちそうさまでした、の合図で外には行かずに、来た道をなぞる。

 途中にあるトイレは男女兼用だった。

 女の子や、大をする男の子が使うための個室が手前に三つ並んでいて、奥に男の子しか使わない立ち小便器が同じく三つあった。

 焦げ茶色の汚物がタイル床の隙間にこびりついている。

 中に入ると、甘酸っぱくも、やや原始的な臭いがした。

 翅虫がささやく夏の音色を聴きながら、ズボンを下ろして急いで用を済ます。

 ボクは決まって誰もいない時を狙った。

 このトイレはあまりにも開放的過ぎだ。

 誰かに見られたくはない。

「そうだっ、ねぇー」

 女の子たちの声が近付いてくる。

 ボクは何食わぬ顔で外に出てロッカーの中の麦茶を口にした。

「ツバサくんって、かわってるよね。

 みんなと、そとであそばないのかな?」

 やまざき先生だった。

 つやのある黒髪を結ぶピンクのリボンが似合っている。

 深い緑のエプロンをしていて、瞳が丸い。

「ここ、おちつくから」

「そっかー、先生も、しずかなところが、すきだからわかるな、ツバサくんのきもち」

「やまざきせんせー、なに、ふたりきりで、はなしてるんですか?」

 ふたりきり、の言葉に反応して、先生のリボンがちいさく揺れていた。


スクリーンショット (102)

※ ぜひ、何度も読んで、隠されたメッセージを解読してみてください。

  憧憬のピースには、必ず、メタファー(暗喩)があります。


🔆新プロジェクト始動中!


🔆【憧憬のピース】とは・・・?🔆



A4一枚に収まった超短編小説を

 自身の過去(憧憬)を基にして、創作するプロジェクトのこと。

 情景描写で憧憬を描く『憧憬描写』で、

 いつか、過去の人生がすべて小説になる(ピースが埋まる)ことを

 夢見て・・・

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