BAR UNITE オーナーバーテンダー 大石 祐己氏
写真撮影:岡部ユミ子
モデル:早川 庫輔
文:舘野 雄貴
Brotherhoodでの記事執筆にあたり「多様化」「ノーマライゼーション」「共生社会」などといった言葉について考えを巡らせてきたが、具体的かつ適切な答えを見つけることができずに難航していた時期があった。
この仕事のプロとして自分なりの考えくらいは握っておきたいと思っていた訳だが、答えがないという答えなのかもしれない・・・そんな投げやりな気持ちになっていたので、仕事現場を離れて大好きなBARに出向いてみることにした。職業や肩書きなどを脱ぎ捨てて自由な時間を過ごすBARでは、互いのアイデンティティやパーソナリティについて知らない者同士が、同じ空間の中で同じ時を過ごす。
そのような場においては、互いを尊重する規律のようなものは存在するのだろうか?
また、見知らぬ人たち同士が一定の秩序を守るために大切にすべきことはなにか?
BAR UNITE(〒160-0022 東京都新宿区新宿3丁目28−1新宿コルネ坂詰ビル5階)のオーナーバーテンダー・大石祐己氏にお話しを伺った。
大石:みなさま、素敵なお客さまばかりですけど、他のお客様への配慮をできるかたは、いっそう魅力的に映りますね。BARは、みなが楽しむための社交場ですので、スマートな振る舞いや美しい所作が求められる場面もありますので。無論、酒場ですので過度に畏まる必要もないのですが、せっかくならお互いに気持ちの良い時間を過ごしたいですものね。
舘野:さまざまなバーシーンがあるかと思われますが、どのような振る舞いが良いとかありますか?
大石:ある晩、若い男性がテーブル席で喫煙されていたのですね。すると、お隣に座っていた紳士が「申し訳ないのですけど、お煙草をやめてもらえませんか?」と、言いました。
その言葉を受けた男性は、「すいませんでした。」と言って、すかさず煙草の火を消しました。
何気ない光景のように思えますが、どこか引っ掛かる点もありませんか?
当店は、喫煙可能ですので、お煙草やシガーを吸うことに問題はございません。しかし、喫煙の権利はあっても、他の方々への配慮も必要となります。みなが自由に過ごすための場ですので、周囲の人への心配りをした上で自分の権利を通した方が、よりスマートかと思います。
舘野:自由って、自らの意思や価値観に従うという意味をもちますが、何でもありという意とは異なりますからね。自分自身の自由を追求するなら他人の自由も尊重しなくてなりませんね。そのことは、Brotherhoodで取材してきた福祉観の根幹と繋がる部分もあると感じました。
大石:大切なことはすべて繋がっていますね。ちなみに、そのときにお煙草について指摘した紳士は、非喫煙者の意向を通してしまったことにより喫煙者の権利を奪ってしまったことをお気にされました。そのお詫びの仕方が、なんとも粋だったんです。そのかたが、お店の外に出て行かれたかと思ったら、お店に電話をかけてこられたのです。「さっき、煙草の件で一方的な物言いをして申し訳なかったから、あちらのお会計をこちらにつけておいてください。」とのことでした。
舘野:どちらが正しいか否かを問うのではなく、それぞれの自由や価値観を尊重し合うって素敵ですね。人間同士の関わり合いにおいては、規律やマナーだけでは線引きできないこともありますよね・・・それを埋めるには、自分だけでなく相手の自由についても考えてみるのが大切ですね。
今宵は、イタリア産リキュールを使う「ネグローニ」をいただいた。
なんでもネグローニのカクテル言葉は、「初恋」だそうだ。大石氏の初恋のお相手は、小学校時代の同級生の女の子だとか・・・可愛らしい笑顔と活発な性格が好きだったとのことだが、当時の内気だった大石少年は、思いを伝えることはしなかったと・・・
ネグローニのホロ苦くも甘みを帯びた味わいは、色褪せぬ初恋の思い出を蘇らせてくれた。自分自身の初恋を思い出してみると、いっそう苦味が増した。
BARという非日常の異空間にいることで自然と視点を変えることができ、難解に思っていたことを攻略する一手が見つかったりするものだ。相手に思いを伝えることや物事を正しく捉えるのは難しいことと思いがちだが、もっとシンプルに考えて良いと気付かされた。言葉は装飾を加えることで伝わりづらくなり、物事は考え過ぎるから難しくなってしまうのかもしれない。そうした大人の幼稚さが真実を分かりにくくし、勝手にややこしくしているのだろう。
たまにはネグローニの記憶に思いを馳せて、まずは隣りにいてくれる人への感謝の気持ちを伝えることから始めてみると、難しいと思い込んでいた道も開けてくるかもしれない。
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