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③第3話:一人暮らしと自問自答
家の近所に、野良猫が群がっている場所がある。
どうやら、路上で餌を与えられているらしく、やけに人間に懐っこい様子だった。
私は猫が好きでも嫌いでもないが、人に優しくされることを当然と思っている様子に、今は少し腹が立つ。
そもそも、餌を与えている人物がきちんと世話をしていればいいのだが、あまりしつけができてないためか、周りにはネコの糞が放置されていて、かなり迷惑な状況だった。
果たして悪いのは、猫なのだろうか?それとも責任を持たずに餌を与える隣人なのだろうか?
「この人間も甘い人間だろう」
と、すり寄ってくる野良猫に対して、私は軽く威嚇して道を通り過ぎた。
自分でも大人げないな。と、思ったが、しばらくの間は、優しくする気になれなかった。
頼りが無いのは良い便り。と、いう言葉があるが、私の元嫁に限っては、便りが無いのは、悪い知らせに間違いなかった。
引っ越しが終わってからは、彼女とのやり取りは、ほとんどゼロだ。
やり取りについても、郵便物が届いていたよ。などの、事務的なものだけで、その後の生活がどうなっているかはもとより、先方の離婚の進捗がどの程度進んでいるかもまったくわからなかった。
きっと、良い話では無いのだろう。
心情としては、その後どうなっているのか知りたくて仕方なかったが、離婚してまで連絡を取りすぎるのは野暮なので、彼女から連絡が来るまで待つことにした。
彼女が彼女の人生を歩み始めたように、一区切りつけた私も、自分なりの人生を歩み始めた。
荷物が片付いてからは、家に帰ったときに「ただいま」という習慣をまず辞めた。
返事が無いことはわかりきっていたのだが、辞めてしまったら、ひとりで暮らしていることが当たり前になってしまうので儀式のように続けていた。しかし、もうそんなことを言っている時期でもなかった。
服については、体重が20kgほど痩せてしまったので、すべて新しいものに買い替えた。
今まで来ていた服は、普段からアイドルTシャツしか着ない私を見かねて、妻が買ってくれたものだったので少し寂しかったが、気分を変える良い機会なのですべて新しいものにした。
またひとつ、自分から彼女が消えていった。
彼女のブログを書いていた時間は、薄い関わりはあったけど、そこまで仲の良くなかったアイドルさんの応援に使ってみた。
自身がこの世界を引退している間に、地下アイドルのレベルは格段に上がっていた。特に若くて、熱意ある女の子が増えていた。
彼女たちは、実に優秀で、応援していて気持ちが良い。
こちらがやってほしいと思うことを、すべて何も言わずともやっている。
ただ、見ているだけで良いので楽だった。
そして、こちらが思う以上に、自分たちのやりたいことに厳しく自分を追い込んでいる。
下手に甘い言葉をかけたら「まだまだです」と本気で返してくる姿勢が、とても嬉しかった。
「勿忘うた」というアーティストの歌に「ブレインド」という曲がある。
もともと私はGLAYやBUMPの歌が好きだったが、こと今回に限っては、離婚後に一番心に響いていたのは、彼女の歌だった。
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「どうして」 そればかり
本当にそればかりを
繰り返してる
誰かからの精一杯を
疑っては捨て 信じては拾い
後悔してる
大雨の中
押し付けた傘と
君の背中だけが
僕にできる形のあるもの
何にもなれない僕らは
これで良かったと思う
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正直、離婚をして、別居をして、部屋の整理がついたあとでも、ふと彼女とのやりとりが頭によぎる時間があった。
私は、いったいどうすれば良かったのだろう?と、何度も何度も、繰り返し、自分に尋ねた。
そのたびに、自分の生き方を貫いたことは悪くなかった。と、思える時もあれば、もっと彼女を受け入れて優しくするべきだった。と、後悔するときもあり、答えの出ない問答をぐるぐると続けていた。
もしかしたら、自分は今後、誰とも接してはいけないくらい、良くない存在なのかもしれない。
誰も傷つけないためには、ひとりでずっと生きていくべきだ。なんて答えにたどり着くこともあった。
ただ、時間が経つたびに、新しいことに挑戦を続ける、若くエネルギッシュな彼女たちの姿を見て、少しずつ自信を取り戻すことができた。
当たり前のことを、当たり前に求めて良いことに、なんだか救われた気がした。
部屋が整理された直後は、少し寂しい気持ちもあったが、自信を持って応援できる存在ができたことで、それからの毎日は、とても軽く・自由に感じられる日々だった。
まず金銭的に、驚くくらいに余裕ができた。今まで外食をするたびに2人分必要だった金額が半額になっている。水道・光熱費が異常に安い。彼女のいない代償を金銭と比較することはできないが、数字で見ると、ずいぶん大きな存在感だったな。と、改めて痛感した。
身体的にも痩せたので、物理的に本当に体が軽く、仕事をしても疲れを感じにくくなった。昔にあれほど通っていたマッサージには、今では行こうとも思わない。
精神的にも、誰かのペースに合わせる必要がないことが、こんなにも楽だということに気づかされた。いつ・どこで・何をしても自分の希望を100%通すことができる。
家に帰っても、彼女の話を聞く必要が無いことが、どれだけ楽なことか。
ひとりの「日常」を背負わないことに一抹の寂しさもあったが、その10倍以上の自由と身軽さが手に入った気分だった。
少し自分の心に余裕ができると、周りにも気を配る余裕ができてきた。
ふと、元妻の離婚の具合はどうなのか?と、思っていると、事務連絡の合間にちょうど彼女から連絡が来た。
「慰謝料300万円を即金で払うまでは離婚しない」
今まで、ずっと動きの無かった不倫相手の妻だったが、いよいよ向こう側の物語が見え始めた。
私は、妻に渡すべきものも色々溜まっていたので、久々に食事に行く約束をした。
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