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③第4話:一人暮らしと二本の傘

梅雨も本格的になってきた6月上旬。

この日は離婚した妻と久々に食事に行くという、人生においても稀有な体験をした一日だった。

最初は、ワインに詳しくなったことを見せびらかすために、エノテカにワインでも飲みに行こうと思ったが、コロナの影響のためどこに行ってもお酒は飲めなかった。グルメのわかる彼女との食事は楽しみだったが、この日は普通に紅茶専門店にすることにした。


待ち合わせ場所からお店へと向かう途中は、しとしと情緒のある雨ではなく、結構な勢いの大雨だった。普段なら、嫌な天気だな。と、思うところだが、この日に限っては、ぴかぴかの晴天は、なんだか二人には眩しすぎるような気がして、私の心情にはぴったりだった。


そういえば妻と付き合うことになった6年前の神戸での初デートも、同じように梅雨時で雨が降っていたのを思い出した。

あの日は2人で1本の傘で十分だったのに、今では2人が2本の傘を使って別々の道を歩いている。

このほうが、私の右肩が濡れることもないのだから、きっと、正しいカタチなのだろう。

今の私には、彼女に押しつけがましく傘を差しだすことはできなかった。


お店に入り、注文の品が届くと同時にあるアイドルさんのアクスタと写真を撮りだす私に妻は冷めた目で問いかける。

「・・・それは誰の写真なの?」

「え?知らないの?ギャラクシーあみぃちゃんだよ!」


この会話をきっかけに、私がこの一か月どのように過ごしてきたか。近況を妻に伝えた。

妻の反応は、おおよそ予想通りの生活だったらしく、驚きもしなければ、喜びもしない。いたって平凡な反応だった。

冷静に考えれば、元妻の前でアイドルの写真を撮りだす行為は、世間一般では非常識な行為だ。ここで思いっきり突っ込んでくれるような妻であれば、きっと私たちの関係は続いていたと思うが、私と妻との日常に対するスタンスは、まったくかみ合わないものだった。

こういうところが、いつも真面目に話をしてくれない。と、妻をイラつかせる原因だったのだろう。


「あなたにもらった時計が無いんだけど、家にないかな?」

それでは妻はどうか?と、いえばやはり変わらなかった。

不倫直前のクリスマスに渡した安いブランドの時計を、彼女はさっそく無くしてしまったらしい。

彼女と付き合っていた時に、ほとんどカタチに残るプレゼントをしなかった私だが、それは、彼女のこういう一面を知っているからだった。

彼女はとにかくモノの整理が下手である。

会社の歓迎会・送別会などでもらってきたプレゼントや手紙などは、ほとんど整理をしないままに放置されていた。

中身を見ていればまだ良いほうで、場合によっては開封すらされずに家のあちこちへと山積みにされている。


ドラゴンクエストの新作がニンテンドースイッチで発売されたときも、やりたいというので本体ごとプレゼントしてあげたら、2~3回プレイしただけで辞めてしまった。

彼女はとにかく興味の移り変わりが激しく、また自分の持っているモノの状況を正確に把握したり整理することができていない。だから、服や靴や紅茶缶をいくらでも買ってしまうし、それらを活用できずに無駄に廃棄をしてしまう。


彼女は私との結婚指輪すら一度目の引っ越しの際に忘れていった。

洗面台にあからさまに放置されており、これは要らないという意思表示なのかな?と、感じたので、特に連絡もせずしまっておいたのだが、2回目の引っ越しの際に尋ねてくれたので渡すことができた。

しかし、残念ながら時計については、私は本当に居場所を知らないので渡すことはできない。

プレゼントした時計を無くした件については、悲しいという気持ちはまったくなかった。

冷たいようだが、彼女にはいつからか期待をしていなかった。

想定通りの結果であり、むしろ懐かしさを覚えた私は、いよいよ彼女の近況について聞いていくことにした。

「それで、結局慰謝料についてどうするの?さすがに払えないでしょ?」

「あれ、支払うということでその場で彼がサインしたみたい」

想像以上に急転直下の展開だった。

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