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俺か僕

                              饅頭花子

 ない。自分の番号がない。中学3年の3月、大樹は高校に落ちた。あんなに頑張ったのに。あんなに毎日夜遅くまで勉強したのに。なぜ、どうして、自分の受験番号が合格者として掲示板に張り出されていないのだろうか。大樹は人生で初めて挫折というものを味わった。
 そして、第一志望に落ちた大樹は、滑り止めで受けていた高校に入学することになった。

 俺は第一志望の高校に落ちた。今は第二志望の私立高校に通っている。第二志望といっても、別に行きたかったわけではない。俺は絶対、第一志望の高校にしか行きたくはなかった。
 そんな嫌々入学した学校に入って、何を楽しめというのか。周りは自分よりも学力の低い人ばかり。そんな人たちと友達にはなりたくはないし、一緒の部活に入って、スポーツをするなんて御免だ。そんなことを考えていると、俺は次第に学校に行かなくなった。いわゆる不登校ってやつだ。
 母さんはそんな俺を見て、「学校には、楽しいことがたくさんあるわよ。あなたがそれを見つけようとしないだけ。第一志望の高校に落ちたことをいつまでも引きずらないで、今の生活を楽しみなさい。」と言うが、あんな学校で学ぶことがあるとは思えない。俺は、進級に支障がない程度に学校に行き、家でダラダラと過ごすことが多くなった。学校に行くよりも一人でいる方が楽しいし、それでいいと思ったのだ。
 出席日数ギリギリで、何とか高校を卒業することができた。でも、将来のことはまだ決まっていない。高校に入学してから学校に行く意味を見出せなくなった俺は、大学進学にも興味がなくなった。その他にやりたいことがあるわけでもない。まだ、18だ。俺の未来はまだまだ長い。やりたいことが見つかったら、その時行動すればいい。今はただ、家でゲームをしていたい。
 そんな風に過ごしているうちに、俺は22になった。久しぶりに夜、外を歩いていると、見覚えのある顔に会った。「久しぶり!」名前が思い出せそうで、思い出せない、地味な印象しかない中学の同級生は、俺になれなれしく声をかけた。その同級生はスーツを着ていた。「久しぶり…なんかすっかり大人って感じだな。」俺はそう答えた。「スーツ着てるからかな。もう社会人だしなー。中学の頃とはやっぱ違うよな。お前も結構変わったじゃん。今何の仕事してんの?」俺は答えられなかった。「あ…まぁ、いや、いろいろと…」そう言うとそいつは何かを察したかのように「お前昔めっちゃ頭良かったよな!なんでもできそうだし、どんな仕事も向いてそうだよな。」と焦りながら言った。俺は「まぁ…急いでるからまた今度。」と言い、遠回りをして家に帰った。
 母親が作った夕飯を食べ、部屋に戻ると無性に腹が立ってきた。さっき会った、名前も思い出せない同級生に対してだ。何年も会っていないあいつに俺の何がわかるのか。「どんな仕事も向いてそうだ」なんて、確かに上司に胡麻を擂って生きるのは俺にだってできるはずだ。親も「バイトでもいいから、外で働きなさい」と言う。でも、中学の頃にあんなに頭がよくて、スポーツ万能で、クラスの中心にいたこの俺には、ゴマすりやバイトなんか性に合わない。でもやっぱり、同級生が働いている姿を見ると、何かしらの仕事につかなければいけないんじゃないかという気になってくる。どうして、こんな人生になってしまったのか。そうだ、高校受験で自分の見合う学校に行けなかったからだ。受験日にたまたま調子が悪かっただけで、あの学校に行っていれば、きっと今頃、自分の能力を最大限に発揮できる仕事を見つけていたはずだ。
 俺がこうなったのは全部高校受験のせいなのだ。


 僕は第一志望の高校に落ちた。今は第二志望の私立高校に通っている。高校生になる前までは第一志望の学校に行きたい気持ちが強くて、高校生活を楽しむことができるか不安だった。でも、いざ今の学校に通ってみると非常に充実した生活が送れている。クラスメイトは面白く、一緒にいてとても楽しい。部活は野球部に入った。学校が私立であることもあり、設備などの練習環境にとても恵まれている。第一志望の高校への憧れはもちろんあるが、私立高校だからこそできることもたくさんあって、入学式から1ヶ月もすれば、この学校の生徒になれて良かったと思えるようになった。
 高校入学から2年後。いよいよ大学受験シーズンに突入した。今通っている学校に不満はないが、大学受験では高校受験のように試験に落ちることなく、自分の一番行きたい大学に入学したい。僕は、大学受験を高校受験のリベンジをする絶好のチャンスだと思い、一生懸命勉強した。そして、その努力が実り、僕は第一志望の大学に合格することができた。
 大学生活はとても楽しいものだった。自分の興味のある分野について深く勉強し、サークル活動にも積極的に取り組んだ。そのサークルで、色んな人と出会うことができ、彼女もできた。そして、僕には一つの夢ができた。教師になることだ。アルバイトで、中学生や高校生と接していくうちに、教育することの楽しさや素晴らしさを知ることができたのだ。そして、教員採用試験に向けて猛勉強し、ついに22歳で高校教師になることができたのだ。
 仕事後の帰り道、中学の同級生に会った。とても頭がよくて、スポーツ万能で、クラスの中心にいる人気者だった友達だ。「久しぶり!」と声をかけると、昔よりも大人しい雰囲気になった彼が「久しぶり…なんかすっかり大人って感じだな。」と言った。僕はそう言われて少し照れ臭くなって、「スーツ着てるからかな。社会人だからなー。中学の頃とはやっぱ違うよな。お前も結構変わったじゃん。今何の仕事してんの?」と言った。すると、彼は少し、口をもごつかせて「あ…まぁ、いや、いろいろと…」と答えた。何かはっきり言えない事情があるのか、言いたくない様子だったから、「お前昔めっちゃ頭良かったよな!なんでもできそうだし、どんな仕事も向いてそうだよな。」と言い、その場を明るくしようとした。でも彼は「まぁ…急いでるからまた今度。」と言って、そそくさとどこかに行ってしまった。
 家に帰るとサークルで出会ってから、ずっと付き合っている、大学卒業と同時に同棲し始めた彼女が夕食を作っていた。「おかえりなさい。お仕事お疲れ様!今日は私の仕事、早く終わったの~!」という彼女に、「ただいま。君も仕事お疲れ様!何か手伝うよ。」と言って一緒にカレーを作る。高校時代に勉強を頑張ったお陰で、大学で僕には勿体ないくらいの素敵な彼女に出会うことができた。そして、大学でも色んなことに挑戦したことで、教師という夢を持つことができ、自分に合った仕事に就くことができたのだ。
 そうやって頑張ることの大切さを知ることができたのも、高校受験での苦い経験をしたからだ。今振り返ると、その経験も決して無駄ではなかったと思う。

大樹が俺と僕、どちらであるかはわからない。しかし、一つだけ確かなことがある。

それは—「未来」へ舵を切るのは「過去」ではなく、「今」であるということだ。


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