見出し画像

ラヴレター

                             美栄靖奈


 コンビニでのバイト終わり。家に帰ると、いつもはチラシやらセールスのビラでいっぱいのポストに真っ青の封筒が入っていた。水道代の請求だろう。ポストから引っこ抜いたそれは、水道局からの通達ではなかった。
 深い青色の封筒に、銀色の文字で『今井智様』と書かれていた。何でもオンライン上でこなせる時代に手紙とは、古風な人もいるなと思った。裏を見ても、差出人の名前はなかった。俺の住所も書いていない。何で差出人は俺の住所や名前を知っているのだろう。少し不気味に感じながら、この封筒を開けてみることにした。封筒の中には二枚の便箋が入っていた。

 突然お手紙を差し上げる失礼をお許しください。私は、近所に住んでいる今田佳菜と申します。
 一方的にではございますが、今井様のことはいつもコンビニで見かけております。
 さて、私は一目惚れをして、好きな人がおります。彼は古風な人で、告白されるならラブレターがいいというのです。それから、私はラブレターの練習をしています。しかし、溜まっていく出来損ないのラブレターを手元に残しておくのが、恥ずかしくなってきました。ビリビリに裂いて捨てるのも、自分の恋心を裂いているようでできません。
 そこで、不躾ではございますが、今井様に私のラブレターを受け取って欲しいのです。手紙の中身は見ていただいても構いません。捨てていただいても構いません。ただ、手紙を処分するつもりで、力を貸していただけませんか。
 返事は不要です。もし、受け入れてくださるなら、ポストの中を整理してください。それをサインにまた手紙を送ります。 敬具

 一枚目は彼女からのお願い。二枚目はラブレターだった。
最初はただのイタズラだと思った。ただ、バイト以外に人とかかわりのなかった俺は、この手紙の主を想像して楽しんでいた。文章から想像するに、可愛くて清楚で引っ込み思案な女の子だろうか。それとも、俺をからかっているだけの男かもしれない。誰でもよかった。ただ、手紙なんて書いたことがないから、文通を頼まれなくてよかった。下手な文字や文章を見られるのは嫌だからだ。
 彼女の手紙の通り、ポストの中身をすべて出し、少し雑巾で拭いておいた。彼女の綺麗の基準がわからないから苦労した。しかし、彼女はサインに気づいてくれたようで、ほぼ毎日手紙が届いた。届かなかった日は少しソワソワしてしまって落ち着かなかった。それくらい彼女からの手紙を楽しみにしていた。封筒には、一枚から二枚に亘るラブレターが入っていた。手紙の主の想い人は、かなり鈍感野郎のようだ。俺が彼女の兄なら、いい加減気づいてやれと引っ叩きに行くところだ。
 ラブレターを好む男子の気持ちはわからなくもない。自分の青春時代を思い出す。高校は男子校で、甘酸っぱい思い出なんて一つもないが、一度だけ、女の子に告白されたことがあった。女子との接点もなく、青春時代を棒に振っていた俺は、最寄り駅で共学のカップルを見て、心の中で中指を立てていた。詰め襟の学ランで、いつもムッとした顔をした俺に、誰かが開いていたリュックサックの中にラブレターを入れてくれたのだ。その頃、男子校では、近くの女子校からラブレターをもらうのが流行っていた。実際にラブレターをもらった奴が自慢して歩いたため、自作してもらったふりをするやつが増えたのだ。どれだけのリアリティを追求するか、丸文字を研究しだす奴もいた。偽装したラブレターを下駄箱などに入れ込んでからかう奴もいた。
 だから、それも偽物だったと思う。確か名前もなかったような気もする。一字一句覚えているわけではない。だが、自分のことを見てくれている人がいることが嬉しかった。
 ラブレターが送られてから、一ヶ月が経とうとする頃、彼女から俺宛に手紙が届いた。そろそろ告白したのだろうか。それとも、もう済んだのだろうか。ドキドキしながら手紙を読んだ。

拝啓 今井智様
 先日、彼に告白しました。彼は、私の好意に気づいてくれていなかったみたいです。
 反省点は、うっかり名前を書き忘れてしまったことです。彼とは違う学校で、接点もなく、知らない女からのラブレターは冷静に考えて、気持ちの悪いものですよね。でも、私は諦めません。
 まずは、彼と接点を作ります。また引き続き、彼に気づいてもらえるラブレターを書いていきたいと思います。今井様には、引き続きお世話になります。よろしくお願いします。 敬具

 一目惚れの恋は難しいだろうなと思った。見た目がいいのか、思わぬ一面でも見てしまったのか。接点もない想い人がラブレターがいいなんて言ったのをどこで聞いたのか。彼女について気になった。
 俺は彼女のラブレターを毎日欠かさず見ていたが、確かに名前はなかった。俺には最初の手紙で明かしているし、俺宛のラブレターでもないから、敢えて書いていないのだろうと思った。指摘してやればよかったかなと後悔した。あれだけ毎日想い人への気持ちを綴っていたのだから、きっと彼女も傷ついただろう。気づいてもらえないのはフラれるよりもたちが悪いのではないか。次は、彼女の力になれるように返事を書いてやろう。

 高校時代からずっと想っている人を先日コンビニで見つけました。
 彼はあのときから変わらず、斜め上をきっと睨むような顔をしていました。彼を好きになったのは、最寄り駅の自販機で飲み物を買おうとしていたときのことです。お金を自販機の下に落としてしまって、手を伸ばして取ろうとしました。でも、なかなか取れなくて、這いつくばってお金を取ろうとする自分が、なんだか惨めに思えました。たかが百円だからと、諦めようと思いました。
「何か落としたんですか。」
 振り向くと、学ラン姿の彼が不思議そうに立っていました。私が百円を落としたことを告げると、彼はしゃがんで、一所懸命百円を取ってくれました。
 他の人からしたら、大したことのない出来事です。でも、私にとっては特別な出来事でした。それから、彼を最寄り駅で見かけたら、目で追うようになりました。いつもムッとしている彼が、私にだけ見せてくれた顔が忘れられないのです。彼の笑顔は、クシャっとした、ふにゃっとしたといいましょうか、どんな擬音でも表現できません。
 それから、最寄り駅に行くときは、時間を調節して、彼とできるだけ同じ電車に乗りました。彼は時々寝坊していたので、時間を正確に調節することはできませんでした。
 ある日、彼が学校の友達と話しているのを聞きました。どうやら、彼の友達に恋人ができたそうで、その馴れ初めについて聞いているようでした。
「ラインで告白は無機質で嫌だな。直接が一番だけど、恥ずかしくなるから、手紙とかがいいな。」
 彼がラブレターがいいと言ったから、帰り道に本屋に寄りました。そこで綺麗な便箋と封筒を買いました。ラブレターなんて書いたことがなかったから、ラブレターの書き方で検索もしました。それから、偉人の書いたラブレターなんかも調べました。
 なんとかラブレターが完成して、あとは渡すだけになりました。私は彼のことをたくさん知っていますが、彼にとって私は、自販機でお金を落としただけの子です。そんな子にいきなり手紙をもらっても困るかもしれない。そう思いました。彼とは学校が違うので、下駄箱や机に入れるなんてベタなこともできません。どうしようかと悩みながら、とりあえずカバンに潜ませて過ごす日々が何日か続きました。もう諦めてしまおうかと考えていたとき、彼が自販機の前で缶コーヒーを買おうとしていました。私はそれを見て、脚の間に置かれたリュックサックの中に、ラブレターを差し入れました。
 彼にラブレターを渡せてからは、ずっとドキドキしていました。彼はどう思ったか、もしかしたら両想いかもしれない、なんて馬鹿みたいにはしゃぎました。
 でも、彼は気づいてはくれませんでした。そもそも読んでなかったかもしれません。確かめる勇気も、術もそのときはありませんでした。もし、読んでいたとしても、名前も知らない女からラブレターを受け取って、どう行動すればいいのでしょうか。冷静に考えて、あのときの私は泣きました。私の恋はまさに盲目だったのです。
 だから、コンビニで彼に会ったとき、私は運命だと思いました。彼にとって、私のラブレターは取るに足らないことだったかもしれません。でも、気づいてほしかったのです。
 それから、彼にラブレターを見てほしいと手紙を書きました。彼のポストはチラシでいっぱいでした。だから、チラシのパステルの中でも目立つ群青色の封筒を入れました。彼が気づいてくれたか、興味を持ってくれたか、判断するためにサインになるものを決めました。それからしばらくして、彼からのサインがありました。チラシでパンパンだったポストが綺麗にされていました。綺麗なポストを見たとき、嬉しくてたまりませんでした。彼が私の手紙を読んでくれて、私に興味を持ってくれたからです。また、あのときの恋心が蘇りました。少し彼を困らせたくなりました。私はラブレターで彼に呪いをかけたのです。私を気になってもらえるように。あのときの私を思い出してもらえるように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?